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みきこ

Author:みきこ
福島県いわき市在住
1977年4月3日生 
おひつじ座
♀ A型 

普通の家庭で育ち、お寺に嫁ぐ。

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決めないオトコ

優柔不断とはよく言いますが…
まぁ、いわゆる、自分では決められない、というか、決断できない人間のことを差しますね。
単なる優柔不断ならかわいいものですが、世の中には決断から逃げる、私から見れば優柔不断を装い、臭いものから逃げる奴もいるわけで。
休日の予定。
それはそれは悩ましいものです。
たいていの方は楽しみにされているのがほとんどでしょう。何しよう?どこに行こう?晴れていたりしたらなおさらです。
ところが、我が家。
私は晴れていて予定のない休日ほど苦痛なものはありません。我が家の仕事柄、というのもありますが、まず、予定が朝のうちから決まった試しがありません。どうする?どうする?と質問をオウム返しに私に返し、違う話題を持ち出し、うやむやにしてご法事の準備に母屋に出掛けて行く…
そして、お昼時になれば、
「お昼どうすんの?」
私が決まるのか、それを。朝食の時からどうするのか質問していたのは私だ。
挙げ句の果てに
「行きたいところとかないわけ?」
私はバブルの世代のオンナではない。行きたきゃ勝手に行きますよ。
だいたい、
〇〇に行きたいね
〇〇食べたいね
と出掛けるそぶりを見せながら
草刈りまだ終わってない
梅の枝切ろうかな
と家仕事をやりたいようなそぶりも見せる…
女性は出掛ける顔と家にいて誰かが来ても失礼に塗らない程度の顔といろいろ準備があるので、いきなり出掛けようと言われても困るのだ。また、その反対にしっかり顔作ったのに、やっぱ草刈るわ、とか、除草剤撒いてくる、とか言われると気持ちの盛り上がりのやり場に困ってすごい切なくなる。
曖昧な希望を投げかけといて決めないってのは無いよなぁ。一番ひどいやり方じゃ無いかと思うわ。
それなのに、私が言ったことはちっとも覚えてない。地元の人がやるイベントがあるみたいだよ、と言ったところで全く関心を示さない。だから、覚えていない。イベントあるって話したよね?って言うと、なぜかキレる。
「行きたいなら、そう言えよ!」
だから、あなたの都合を教えてよ。

しかし、思い起こせば、結婚して12年、何もかも、ずっとこの調子だったな。
家族のことも何度も言いたく無い気持ちを追いやって問題提起して来たけど、いつも逃げられる、それも、私の言い方が悪いといつも言われて。
ぎゃあぎゃあ言われると萎縮して何も言えなくなる、なんて卑怯じゃないですか?
いつも言いたいことを飲み込んで、決断してくれるのを待っているのは私だよ。だって問題提起はしてるんだから。

今日も朝からどこか行くのか、何かすることがあるのか、の話で二転三転。
草刈りしたいのか、買い物に付き合ってくれるのか、そんなことさっさと決めてくれよ。
面倒になったから置いて出て行くことにしたらすっごい怒ってるし。
知らないよ。
こっちはあなたが決断してくれないから12年も時間を浪費してるんだよ。だから1分でも惜しいんだよ。
物事に決断し、責任を持つことからひたすら逃げているこの人とこの先どうしたらいいのだろう。
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汗かきの言い分

NHKの有働アナの発言が話題になっているとか。
彼女と言えば、あまりの大汗かきぶりを番組で発揮し、大変話題になり、自著にても、そのことについて言明したことでも有名ですが、季節がら、また「汗」の話題で言ってくれました。

女の脇汗、どう思う?

という話題だったらしいのですが(私は残念ながら未視聴)、そこで、某アファストファッションブランド調べの結果が
・見苦しい
・信頼できない
という結果だったという。
彼女はその結果について、大変な勢いで反論したとか。
私も、まあ、見苦しい、ってことについてはわかりますが、信頼できない、っていうのはねえ。
かくいう私も大変な汗かきで、長年悩まされているのです。
しかも頭皮、トルソー部分、手の平、足の裏、だけがびしょびしょ、という大変つらい汗かき。
顔だけは涼しげなのに、頭皮から汗が流れ、もちろん、脇汗もびしょびしょ、手汗もすごいから書類がへなへな、靴もサンダルも汗で滑って危ない。
これからの季節、衣類は白、紺、黒、もしくはレーヨン素材の汗が目立たない物しか着られません。
レーヨン素材の服って、色はきれいなのですが、汗の吸収が全くないので、脇汗がそのまま腕を伝って流れ、ひじから滴り落ちることもあります。顔に汗をかかないので化粧がドロドロにならなくて済むのだけが救いでしょうか・・・
一度など、モスグリーンのサマーニットを着て職場に行った私。
徒歩通勤ということもあるのですが、職場にたどり着いた途端にどっと汗が出て、汗がけっこう染みてしまいました。
すると、女性の社員さんから
「これあげるから」
って汗ふきシートを手渡されたことがあったっけ…ショックだったなあ。
それ以来、夏は淡い色の服なんて着ていけなくなってしまいました。

家にいれば気にならないのか、と言えばそうでもない。
御施餓鬼やお盆や、お客さんと話したりするこれからの時期本当につらい。
暑いうえに、緊張しているから汗の出方が半端ない。
気付くと脇の下どころか、脇腹あたりまでびっしょり、なんてこともあるので、本当に泣きたいです。
夫君いわく、クサくはないよ、とのことなので、その点だけはほっとしていますが。

それにまた、今の時期も鬼門です。
今の時期って、長そでじゃ暑い、半そでじゃ寒い、でも湿度が高く、何気に汗をかく。
となると、脇汗にドキドキです。
脇パッドなる服に張り付けるパッドをご愛用の私。
ナゼ、今日の話題は脇汗か、というと、今日は朝から寒いような蒸し暑いような中途半端な気温で、長そでの青い面素材の服を選んだ私は在庫のパッドを服に張り付け、職場の近くのドラッグストアにパッドを買い求めに寄ったからでした。
このパッド、とてもありがたいのですが、何となくごわっとするし、あまりに汗をかき過ぎて重みに耐えかねたパッドが剥がれ落ちる、という惨事にもあった私は絶対的に信頼はしていないのだけど。
汗腺を切る手術をしようかなあと悩んだこともあるのですよ。
女性ならば悩んでいるはずで、それを信頼できないとか、ひどいですよね。
一生懸命働く女性だから汗も出ちゃうんだよ!
風呂にも入らず、服もヨレヨレで臭う男性の方よっぽど信用できないよ!

汗、脇汗問題、他人事とは思えず、つい、有働さんに同調してしまう私です。

復興・・・?

先日、熊本の地震から一年を過ぎた日。
たまたま、夫君と市内をうろうろとしていました。用事もあったのだけれど、思いのほか早く済んでしまったので、気の向くまま車を走らせていると、いわき市内の津波被災地域に差し掛かりました。

そこはかつて、みっしりと家が立ち並び、海水浴に訪れた時など、くねくねとした細い道を家の軒先をかすめるように車がすれ違い、見えているのになかなか海に近付かなくて、子供の頃に
「海は逃げないよ!」
と笑われるほど、後部座席でそわそわしていたっけ。
津波の後は、そんな家々を波がさらい、すっかり更地になってしまっていた地域。

久しぶりに立ち寄ったそこは、様子が一変していました。

海側には高くそびえたつ堤防。
道路を挟んだ反対側は盛り土をした住宅造成予定地。
のどかな海岸風景は全く見えなくなっていました。
そびえたつ堤防は、ちょっと前に流行った巨人が出てくる映画のようでした。

これが復興というものなのか。
景色がすっかり変わり、コンクリートしか見えない風景になることが。
今は亡き父と夏休みに海水浴に来た時に車を止めた学校も、掘っ立て小屋みたいな海の家が経っていた砂浜も、いわきの荒海の波しぶきで遠がかすむ海もすっかりなくなってしまいました。

いわき市は『いわき七浜』といって、七つあるという海岸が有名で、景色が良いところだったのに。
こんな景色になってしまうことが復興というのか。

久しぶりに来た海は何だかとても悲しい思いにさせてしまう風景となっていました。

三回忌でした

早いもので、実家の父が亡くなって三回忌を迎えました。
本日は命日でした。
法事自体は先週の日曜日に済ませましたので、ひっそりとした命日となりました。
実家に夫君と行ってお花とお線香をあげてきました。
母はそのあと自治会の集まりがあるというので、早々に帰ってきましたが・・・
本当はお茶菓子を持参して、お茶でも飲みながら食い供養をしたかったのですが、それはまた、今度の機会に。

さて、先週、三回忌の法事を行ったわけですが、いつもはご法事を受ける側なので、何というか、よくわからない部分もあったのですが、今回、ご法事をお願いする側になってみて思ったことがあります。

まず、日程の確保。
お寺に連絡して希望の日時にご法事が出来るかどうか確認します。
自分の希望通りの時間に撮れればいいですが、先着順ですので、時間が自分の予定よりも早くなったり遅くなったりもします。
時間が決まったら、親戚への連絡。
今回、本当は母と私たち夫婦だけで行う予定でしたが、母の姉妹たちがぜひ行きたいと言ってくれたので、その方達への連絡。
また法事が終わった後の食事会の場所決め、予算に合わせた料理の予約。
今回はこれが大変でした。最初予定していたお店があったのですが、そこはある料理の専門店であったため、母の末妹がそれは嫌いで食べられない、とのクレームが入り、急きょ変更することに。母が軽いパニックになったため、なだめたり、他のお店を探したり、と何だか大事になってしまったので。
手土産の手配。
いくらぐらいの、何にするか、などなど。

檀家さんの皆さまはこんな大変なことをきちんきちんと忘れずにしてくださって、本当にありがたいです。
内々の家族だけのご法事がほとんどですが、中には親戚中で執り行ってくださる方もいらっしゃるので、しかも、住職を食事にご招待してくださる檀家さんもまだまだいらっしゃいます。
本当にありがたいことです。

そして、時々はよそのお寺さんにご法事にうかがうことも勉強になりますね。
毎回、思うことですが、うちのお寺のおとうさんのご法事は丁寧で時間をかけているということです。
自画自賛のようでなんですが、素晴らしいことだと思います。
おかあさんは、
「和尚さんの御経は素晴らしいって時々言ってもらうんだけど、そう言ってくださる檀家さんもいるんだkら、法事の後におとうさんに
「今読んだお経はこういうお経で、こんな意味があるんですよ」
って説明してもらうといいんだけど・・・」
と言います。
実は私も同感です。
お説教が苦手ならそれはそれでいいのだけど、なんじゃもんじゃを聞いて終わり、ではちょっと残念なような気がします。
夫君にはよく言っておこうと思っていますが。

前回の続き

前回はナレーションと朗読の声の素晴らしさに特化してしまいました。

人生において生まれながらにハンディを持つ者と、中途からハンディを持つようになった者。
東田氏とディレクター氏の間にはその違いがり、後者であるディレクターはハンディがありながら作家として活動する東田さんについて興味があり、そこをどう思うかを深く聞くあまり、彼に不快に思われてしまいます。
そこに、健常者がハンディのあるものをどう見ているかが現れているように感じました。
それは、彼だけではなく、私達にも言えることで、どうしても、才能よりもどのような反弟子を持つものなのか、ということに目が奪われてしまいますね。
例えば、盲目の〇〇、半身まひの〇〇、車いすの〇〇、・・・というように。
ハンディ以外の才能よりも、どうしても献上ではない部分に先に目が行き、そのあとは
「目が見えないのに、すごい」とか、
「半身まひなのに、すばらしい」など。
それはどうしても仕方のないことなのだけれど、東田氏の側から見ると、自閉症で作家の自分、ではなくて、作家としての自分を見て欲しいのだと言います。
なので、ディレクター氏の質問の意味が分からない、と。
自分の重度の自閉症児の父である文学者も彼に尋ねます。
「私の息子には友達ができにくいようだ。どうしたらいいのだろうか?」
東田氏は答えます。
「私にも友達がいません。私は不幸に見えますか?」
息子が自閉症である、ということを受け入れつつも、やはり、心のどこかでは、自分の子供には普通であって欲しい、という親心が現れた部分だと思いました。
この心の隔たりを埋めるのはなかなか簡単なことではないでしょうね、東田氏の著書を翻訳した彼ですら、そう思っているのですから。
それでも、私は思うのです。
やはり、東田氏のような方が発信し続けるのは大切なことだと。
例えば、自閉症の方が突然言葉を発したりするのは、記憶が点状に存在していて、その時思い浮かんだことを口にしてしまうからだ、とか、点から点へと記憶が飛ぶので、筋道立て太話は出来ないのだ、と説明していただけると、とてもよくわかります。
確かに、自分の記憶は言われてみれば、帯状に規則正しく並んでいるイメージだな、とか。
そうやってお互いに理解していけば、完全に分かり合うことは出来なくても、理解しあうことはできるようになるのではないか、と。

この番組を見て、なんというか、彼の心の純粋さに触れ、触れ過ぎて、序盤から涙が止まりませんでした。
とてもいい番組でした。
ぜひ、家族がそろってみることが出来る時間に再放送して欲しいと思っています。

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