プロフィール

みきこ

Author:みきこ
福島県いわき市在住
1977年4月3日生 
おひつじ座
♀ A型 

普通の家庭で育ち、お寺に嫁ぐ。

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何とも言えない

昨日の新聞の記事より。
福島原発事故で作業に当たる作業員の方の待遇について。
食事は一日2回。
内容はというと、1袋のビスケットと野菜ジュース、そしてパックのごはんとカンヅメ。
お風呂も仮眠を取るための設備も無く、会議室や廊下で雑魚寝。
椅子に座ったまま寝ている方もいらっしゃるそうです。
日中は過酷な作業、夜は次の日の対策会議。
疲労は極限だと、新聞は報じていました。
物資はバスでピストン輸送しているとのことですが、
そのバスには交代要員も乗っているため、多くの物は積み込めないとのこと。

被ばくの危険に日々さらされ、それでも何とか事態を収めようと
まさに決死の作業をされている方の日々がこれだと、初めて知りました。
いつ何があるのかわからない所なのに、
簡易的でも何でも、ある程度の日数宿泊出来るような設備が無いということにオドロキです。
これでは、事故を収めるどころか、疲れでまた新たな事故が起きてもおかしくなさそうです。
現場はこのような状況であるというのに、
毎日会見する対策本部の方の緊迫感の無さ・・・
自分たちのボロを隠すかのような発表の遅れや説明不足・・・
彼らは遠く離れた東京の地で、送られてくるデータのみを見ているからなのでしょうか。
いっそのこと、近くにあるサッカーの施設『Jビレッジ』に対策本部を持って来たら
自分たちの身の危険を身をもって感じて
もう少しましな対応が出来るのではないかと、怒りを覚えます。
現場で必死になって働く人たちにも、
故郷を追われて避難地を転々とする方々に対しても誠意を感じられません。

でも、彼らばかりを責めるわけにも行きません。
何故かというと、原発を受け入れ、その恩恵にもあずかってきた私たちにも
その責任がああるように思えてならないからです。
東京に送る電気を発電するための原発。
原発はキケンだと思う気持ちはどこかにありましたが、それはどう危険なのか、
そもそも、原子力発電とはどういう仕組みなのか、
キチンと理解していた者はどれだけいるのでしょうか。
今回の事故に関わる報道で知ったという方も多いのではないでしょうか。
原発の近隣住民は毎年『原子力給付金』というお金をいただいてきましたが、
どういった名目でこのようなお金をもらえるのか、
よくよく考えていた者はいるのでしょうか。
働く場所の提供や、いろいろな施設の充実、
その影にある原発という存在に目を凝らしていた者はどれくらいいるのでしょう。
東京電力が財政的に苦しい地方に目をつけ、原発を押し付けてきたのに、
地元に落ちるお金のために、そのことから目を背けてきたように思います。

こういう言い方をするといろいろと弊害がありそうですが、
今回のこの事故は、人間の驕り高ぶりについて
自然から警告を受けたのかもしれません。
でも、例えそうだとしても犠牲はとても大きなものとなりました。
せめて、現場で働く人の身になって、
彼らがもう少し体が休まる環境を整えていただきたいと思います。
それも誠意の一つだと思います


失うものは大きく

震災よりちょうど2週間が経った先週の金曜日。
ようやく我が家の水道が復旧しました
みんなが待ちに待った水です。
私が帰宅すると、甥っ子が
「見て!」
と言いながら蛇口をひねり、水を出してくれました。
感動しました。
今までは蛇口をひねれば水が出るのは当たり前のことでしたが、
こんなにありがたいことだったとは・・・
嬉しくていつもより念入りに手を洗ってしまいました
その夜のお風呂も久しぶりに我が家のお風呂でゆっくり入浴。
知り合いの方のお風呂や私の実家のお風呂など、
お風呂を借りて歩く生活はやっぱり、気を遣います。
14日間もの間、お風呂には入れたのはたったの2回。
そのせいでしょう、夫婦二人しか入らない湯船のお湯なのに、
見たこともないほどの量の皮膚の老廃物(いわゆる垢)が
頑張ったね、と自分の体に言いました。

震災の被害を受けたいわき市。
私が住む平地区でもようやく息を吹き返し始めました。
すでにお店を再開させているところもあり、今週から再開するところも多くなりました。
ずっと戸締めしていたコンビにもようやく再開しそうです。
それでも、棚はほとんどが空のまま。
元に戻るのは来月辺りになることでしょう。
それでも、多くのお店のシャッターが上がって、
お店の電気が点いているところが見られるのは嬉しいものです

それでも、震災に合ったという事実には変わりありません。
ゆがんだ建物や、陥没した歩道、めくれた敷石。
こういったものを見かけると、実際に起きたことなのだな、と思い知らされます。
机にしがみついたまま、同僚と青ざめた顔を見合わせたまま地面の揺れに耐えていたあの時間・・・
忘れることが出来ず、今も余震におびえる日々です。
思えば、あの日を境に変わってしまったものも多くあります。
原発から20キロ圏内に暮らす義姉一家の生活。
今は避難して我が家に降りますが、
甥っ子のランドセルや教科書は学校に置きっ放しのまま、
自宅も震災当日に停電になってしまったので、片付けも出来ずにそのままだと言います。
いつ戻れるかも知れず、学校の再開の見通しすら立っていません。
こちらの学校に転入するといっても、こちらの学校も似たようなもの。
甥っ子の友人たちもバラバラになったまま。

そして、私のバレエも・・・
先生が教室の閉鎖を決断されました。
生徒さんのほぼ全てが市外に避難し、教室の建物自体も損壊。
修復するのも現状では厳しいとのことで、
いったん閉鎖することになりました。
先生はいずれまた再開します、とおっしゃってはいましたが、
それはいったいいつになるのかは未定のままです。
来月には発表会が予定されていたし、
プロを目指す優秀な子供たちもたくさんいたのに・・・
その子供たちのうち、いわきに残った子達で
避難所を慰問し、発表会で踊るはずだった『パキータ』を披露したと、
地元の新聞に載っていました。
笑顔で写る彼女たち写真を見ながら
彼女たちの将来も回り道をせざるを得なくなったことを思い、悲しくなりました。
いわきには他にプロを養成するコースがある教室が無いに等しいのです。
これからは他県の養成所とかに行くようになるのかな・・・
成人クラスの生徒さんたちも避難してしまった人もいて。
教室が無くなると会えなくなる人たちもたくさんいます。

災害は本当に多くのものを奪っていきます。

幸せ


今日は近所のドラッグストアに行ってみました。
今週になってようやく営業を再開したのですが、
10時~15時までの短縮営業なので、仕事が始まってからは行きたいと思いつつ、ずっと行けなかったので

あんまり早く行くと行列だったりしたらいやだし、と思い、開店時間を少し過ぎてから家を出発
いざ着いてみると、駐車場は一杯だったものの、スムーズに入店出来ました
品物も一部のお菓子とたばこが無いぐらいで、
ほとんどの品物が震災前と変わらないくらい、ありました。
通路にお水やお米、パック入りごはんなどがうず高く積まれていることと、
いつもよりお客さんが多いことが普段とは少し違っていましたが
実は震災の前の日にもこのお店に買い物に来ていて、
その時はたまたま手荷物があったため、明日でいいや、と何も買わずに帰っていたのでした。
そして次の日の大地震。
買いたかったものが手元に無く、不便な思いをしたし、後悔もしました。
明日は無いのだと思い知らされました。
そのせいもあって、今回は悩まず迷わず購入。

久しぶりに買いたいものを買った気がしました。

午後は檀家の皆さんに出すお手紙をお寺のおとうさんと夫と作成。
郵便局が業務を再開していると聞いたので、3人で出しに行きました。
窓口に大量の手紙を出すと
「確認するのでお待ちください」
とのこと。
何だろうと思っていると、
津波被害地と原発より30㎞圏内には配達できないのでお預かりできません、と言われました
そういうことを聞くと現実を思い知らされます。

そのあと、以前、夫と1時間並んで買い物をしたテナント式のスーパーへ。
今日は午後だったせいもあり、並ばずに入店出来ました。
それに前回買えなかった納豆を発見。
お肉も鶏肉、豚肉、牛肉と一揃いあったし、
お魚もカナリの品数がありました。
おかあさんのリクエストの練り物製品もあったし。
徐々に良くなって来ていて嬉しいです

帰りには夫の提案で寄り道。
いわきの名物店へ。
それはたい焼きやさん。
このお店は震災のあと、割と早く再開して、頑張ってくれているお店です。
普段でも行列ですが、今日はいつもよりも長い行列。
でも嬉しい行列です。
しかも、おとうさんのゴチです
写真のたい焼きはそのたい焼き。
中身はクリーム。
ピンクのたい焼きストラップは甥っ子がくれました。

届いた~!


私たちを心配してくれた友人が困難のなか送ってくれた救援物資

ものすごくたくさん
リクエストした物の何倍もの品物がぎっしり詰まっていました。
ほんとにありがたかったです。
応援してくださる方々のためにも一日も早く元の生活に戻れるよう、頑張ります

寒いですが

今日のいわきは朝から小雨が降ったり止んだり。
気温も上がらず、寒いです
典型的ないわきの春のお天気。
それでも市内の桜が一輪咲いたとの話が。
時間は確実に流れています。
先週の前半は震災のショックと物がなくなる!との買い出し騒動で
訳がわからないまま時間が過ぎた感がありました。
また、情緒不安になって些細なことで泣いてばかりいました。
後半になってからは生活のリズムも出来始め、落ち着いて状況が見え出してきました。
週末は物資不足も何とかなりそうな気配になってきたし、
(以前と同じようになるにはまだ少しかかりそうですが)
ライフラインその他、いろいろなものの復旧も順調になってきたように感じるし、
今日は固定電話が通じるようになったし
(おかげで電話が鳴りっぱなしですついでにネットに繋がるようになりました)
我が家的にはあとは水道の復旧のみです。
それから、電話をしても繋がらなかったいろいろな業者の方とも連絡が取れて
瓦が落ちてしまった客殿の屋根の応急処置班が来てくれたり、
半壊の本堂を見てもらったりもしてもらえました。
避難先から戻られた方々が心配してたくさんの水や食料や燃料までも届けてくださったり。
ただ、いわきに留まっていたというだけなのに
文字通り山ほどの物資、ありがとうございます。

つい、昨日は弱気になって泣き言を言ってしまい、反省しております
今日から職場復帰の方もたくさんいらっしゃったことでしょう。
私も明日からは仕事にも行きます。
いつまでも被災者ではいられません。
私たちが以前のような普通の生活に戻ること、
仕事に行ったり、学校に行ったり、日常の生活を普通に営むこと、
これも窮地の時に支えてくださった方々に対して私たちが出来る恩返しのひとつかなと思います。
まだまだ大きな余震があるし、
墓地の倒壊具合や建物の被害を見ると
将来が見えなくてどうしたらいいのかわからなくなりますが

今回の震災で学んだこと。
人ってホントに優しい。
困っているときにたくさんの手を差し伸べていただきました。
いつかお返しできますように。

好転していない?

今日のいわきは朝から雨です
予報ではお昼前後から雨の予定でしたが、朝から雨模様で、寒い一日になりそうです
寒くても灯油が残り少ないないのでストーブもおいそれとは使えないし、
エアコンは放射線の心配があって使わない方がいいと言うし、
(あくまでも念のためです。いわきは被ばくの心配はないので。)
こたつに家族9人が変わりばんこに足を入れて温まったり、
厚着をしたりなるべくひとつの部屋にみんなが集まって過ごすようにしていますが…
雪が降る地域に比べれば泣き言は言えませんが、
やっぱり寒い寒いものは寒い
それに、風邪を引いてもお腹の調子を崩しても病院で診てもらえないので不安です。
いわき内の話ではないですが、インフルエンザやノロウイルスが流行している避難所もあるとか…
我が家も抵抗力がある人間ばかりのようで、
まだ具合が悪い人は出ておりませんが、
このまま手も洗えない、お風呂はおろか、トイレの水すら流せないという、今の状況が続けばどうなるかわかりません。
はっきり言えば、非常に不衛生な状態です。
この清潔大国、日本で。

今朝いわきの市長が民放のインタビュゥに答えていましたが、
『普通、災害の被災地にはライフラインを最優先に復旧させるために多くの人員が入ってくるのに、
いわきは風評被害がひどくて、工事をしようという人が来てくれない。
水道においては水道局の職員と地元の業者が24時間体制で復旧工事を行っているが、
全く追い付かず、震災から一週間以上経過したのに
全体の約4割しか復旧出来ていない』
と語りました。
いなかの市長さんなので、あんまりお話が上手ではないので、危機感が伝わったかどうか、少し不安ですが…
いわき市議会議員の方もいわきの惨状を訴えていらっしゃいました。
いわきは郵便は全くの業務停止状態、
宅配便も機能していません。
ぼちぼち始まるという話ですが、営業所留め扱いのみとなると、取りに行くためにまた燃料を消費することになります。
だから個人的に遠方にいる親戚や知人に物資を送ってもらいたいと思っても、なかなか手元には届かない状態です。
まあ、商業用の物資すら届けてもらえないのですから、個人的な荷物など、推して知るべしですが…
新聞も燃料不足のために配達ができず、
震災後2日で来なくなりました。
現在の情報源はテレビとクチコミ、地元のFMラジオのみです。
それだって、いわき市議会議員の方に取材していた記者は
防護服のようなものを着てマスクと手袋をし、ヘルメットをかぶり、過剰では?という印象を受けました。
議員の方はナイロン製の上着とマスクだけだったというのに。

マスコミではハイパーレスキュー隊の方の活躍をさかんに報道していますね。
今、気持ちが盛り上がっているこの今、
隊員の方のまさに必死の働きのお陰で原発も沈静化に向けて頑張っているし、
被ばくの心配もいらないし、
原発周辺の被災地に復興の手を差しのべるように訴えていただきたいと思います。
農作物の放射線の量が基準値を越えたと大騒ぎしているけれど、
どれだけの量を食べたり飲んだりすれば影響があるのか、きちんと伝えて欲しい。
頭を報道したら尾の先まで責任を持っていただきたいと思います。
無駄にたくさんの尾ひれがつかぬように…

復活の兆し

今日のいわきは曇りです
夕方からは雨が降るとの予定です。
念のため、雨や雪には触らない方がいいとのことで、午前中のうちに水汲みや片付けを済ませてしまいました。
放射線被害が怖くないと言ったらやっぱり嘘になりますから

今日は良いニュースがたくさん聞けています。
いわきのガソリンスタンドにタンクローリーが来るとのこと。
まだまだ全部のスタンドというわけにはいかないみたいですが。
実際にローリーがガソリンを卸しているのも目撃しました。
それに加えてガソリンを求める長蛇の列も
話では午前5時から並んでいる人もいるとか
たかがガソリン、されどガソリン…
でも、全く入荷の予定が立たなかった先週と比べて目の前が明るくなった気がします。
それから、スーパーやホームセンターの一部の店舗の営業が再開になりました。
まだまだ不安定な営業状況になるかとは思いますが、
もう少し耐える期間が必要となりそうですが、ひとまずの食糧危機は脱せる可能性が出てきました。
また、常磐地区という地区の都市ガスの復旧作業を始めていること。
少し前には資材及び要員不足で作業が続けられず、休止となっていたのですが、
無事に作業が再開され、ガスが復旧している地域も出てきました。
水道工事も震災以来、ずっと続けられているようで、
我が家はまだ水道が復旧していないのですが、徐々にいわきのあちこちで水がで始まっているようです。
さらに、お寺のおかあさんの親戚の方が心配して水や野菜やおにぎりを山ほど持ってきてくれたり。
県外の避難先から戻ってくる人の話も聞くようになったし。

それでも、ガソリン行列と給水所通いの人以外はあまり出歩く人を見かけないけれど、
花が咲く頃には前みたいな落ち着いた生活ができるようになるかなぁ。

昨日の農産物に対する放射線量の値がどんな影響があるのか、
(実際にこの地域の線量が高い原乳は出荷停止となりました)
今度は魚などの水産物も、なんて言われたらどうしよう、などと
まだまだ不安なことがたくさんありますが、
前を向いて進んでいきます!
だからマスコミの皆さんも地震からのドキュメントや避難所の悲惨さばかり放送していないで
地震のあとに頑張る地元の人をたくさん取り上げて欲しい。
あとは水が出ないかな~と願うばかり。

本日の我が家

今日も暖かく穏やかな一日でした。
本日の指名は食料の調達。
一日中点けっぱなしの地元のラジオ放送にかじりついて得た情報をもとに、
我が家から歩いて30分弱のところにあるテナント式のスーパーが営業しているとのこと。
そこには魚屋さんも入ってるので、干物でも構わないから手に入るかも、と思って。
夫と散歩がてら開店時間のずいぶん前から家を出発。
町の様子を見ながらの道中です。
途中、夫は町の様子を写真に撮っていました。記録したいみたい。
確かに、道の敷石がめくれ上がっていたり、建物が倒壊していたり見たこともないいわきの風景が。
感慨深くお店へ向かうと、開店時間の1時間近く前なのにお店の前には長蛇の列が
普段なら嫌になるくらいの人の多さでしたが、今日は違います。
いわきにはまだ人がたくさんいる!
なかには赤ちゃんや子供も。
知ってる人がいないところを見るとかなりの人がいわきにいるということでしょう?
そんな長い列に並ぶ私たちの上を自衛隊のヘリが6機飛んでいきました。
原発に行くのかな、上から見たら私たちはどんな風に見えるのかなと思ったり夫と話したりしているうちに
お店の人が出てきて今日入荷した商品の紹介をしてくれました。
野菜、果物、お菓子、こんにゃく、キムチが買えるそうな。
さらに納豆が入る可能性があるけど未定とか。
品物はたくさんあるので慌てずに買い物してくださいとのこと。
開店と同時に列が動きだし、入場制限しているとはいうものの、わりと早く入店できました。
中はレジに並ぶ長い列と、その間を縫うように買い物をする人たち。
そしてどんどん品物を出してくれるお店の人。
どこからこんなに持ってきたの?というくらいの品物の量。
野菜と果物ならほとんどの物が、漬け物もお菓子も、少しのお肉も、お盆用品も。
お魚の方も生魚は無かったけれど、干物や冷凍の物がたくさんあって助かりました。
お寺のおとうさんはお魚の方が好きだから。
とりあえずの物が揃って安心しました
帰り道は腕が抜けそうだったけれど、二人で頑張って帰りました。
家では義姉達がお昼を用意してくれて。
さらに私たちが無秩序に買ってきた食材を片付けたり、冷凍したり、下ごしらえをしてくれたり。
自宅避難が一週間にもなると連携プレーが確立してきます
そのあとも東京から戻ってきた和尚さんが買い出ししてくれた物資を届けてくれたり。
みんなで頑張っていることを意識した一日でした。

一方…
夕方の政府の会見では、福島県産の牛乳と茨城県産のほうれん草から基準値以上の放射線量が出たとか
市場ではすでに
「福島県産の農産物は買わない」
という動きが出ているそうです
東京に避難した人がホテルに宿泊しようとしたら
「福島県の方はご遠慮ください」
と言われたのだとか。
会見で最新情報をいち早く出すのも大事ですが、
もし発表したかったら、手書きでも何でもいいのでフリップボードにして
・普段の値
・日本の基準値
・比較するために諸外国の基準値
くらいは一目でわかる資料で準備して欲しいと思います。
口頭で言われると県名だけが強烈に残ってそれが風評被害になるのです。
テレビのゴーストタウン報道も「?」
いわきの中心地です、と紹介されたところは
映画『フラガール』の舞台となった湯本町。
いわきの中心的な駅、いわき駅から東京方面に向かって2つめの駅。
いなかの温泉街にある小さな駅、といった方が伝わりやすいでしょうか。
人気がありません、と言っていたけれど、普段もあんまり人通りのない通りだったし。
中心地というならいわき駅前に来て、たくさんの方々が生活しているのに
お店は閉まっています、という方が正しい報道なのでは?
ネットが繋がっていたら、即、抗議のをテレビ局に送信したかったくらい、正しくない報道でした。
原発で発電していた電力は関東圏で使用する電力で、
福島県民のための電力ではありません。
毎日、福島原発で発電した電力も使って関東圏の方は生活していたのです。
もっと応援して欲しいし、支えて欲しい。
そのために政府は発表する際はもっと慎重に、
私たちももっと勉強する必要があるように思います。

意外と図太く


今日で震災から一週間が過ぎました。
仕事に行くわけでもないし、水が出ないから家事の大半は出来ないし、
食事の世話は義姉達が焼いてくれるので、すっかり日付の感覚がない私です
でもこういう時に大家族っていいなー。
困ったら誰かしらに相談もできるし笑い話をしたりもできるし。
一人とか夫婦だけでいたらめげてしまうかもしれません。

窮状をたくさんの方々が知ってくれて行動に移してくれて感謝です。
いろいろな方々に支えていただいていると知り、目の前が明るくなった気がします。
それに今日は強風が一日中吹き荒れ、寒かった昨日と打って変わって穏やかな日より。
しかも彼岸の入りにこんなにのんびりしていられるなんて
情報収集を兼ねて点けっぱなしにしているテレビやラジオを聴きながらぼんやりしたりして
人間て意外と図太いのですね。たくましいと言ったらいいのかな。

穏やかな昼下がり、夫と空ポットを両手にぶら下げて給水所へ散歩と偵察を兼ねて行きました。
少し人気はないけれど、大地震に襲われたとは思えないくらい、普段と変わらない風景。
本当に地震があったのかなぁと疑いたくなります。
給水所に通っていることがそれを証明しますが

お寺に向かう坂では椿が咲き始めました。
もう少しすれば桜の季節です。
暖かくなって花の季節になるのと同時に街も元気な姿に戻れたらな。

早く水が蛇口から出ないかなー。
手を洗いたい。
顔を洗いたい。
あったかい湯船に浸かりたい。
…いやいや、その前に落ちて割れた卵で汚れた床の掃除だ

人手が足りない

物資に関しては南相馬、いわき両方の現状をネットの方で話題にしてくださっているとのこと。
今すぐとは言わなくても、だんだんと良くなることを期待するしかないと思っています。
たくさんの人の熱い思いと努力に感謝します

その動きを妨げるもの。
それは人の噂、風評。
先ほどテレビでも放送されていましたか、
いわきは原発に関する風評被害が止まりません。
人の流出もさらに加速しています。
町に若い世代の人の姿がありません。
子供達への放射線の被害を心配する親が子供を連れて県外に自主避難してしているからです。
それはつまり、復旧するための人手も足りなくなると言うこと。
いろいろなものを直してくれる職人さんや工夫さん、
いろいろなものを運んでくれる運転手さんがいないのです。
物流が復活しないのも、
運転手さんが『いわき』というと拒否するのだとか。
地震の被害を乗り越え、これから元通りの生活に戻るために頑張らなくてはならないのに、
そういった風評被害という、人的被害でいわきや南相馬は壊滅しそうです。
県外へ避難する人の受け入れを各地が表明してるとか…
何だかどんどん逃げてこいって言われてるような…
こちらも卑屈になってるかもしれないですが
地元を離れたくない、地元で頑張りたいという人もたくさんいて、
そのために必要なものを待っている人がたくさんいます。
いわきを死んだ街にしないでください。
そのために高速道路でも一定間隔おきに放射線量を測定してHPに載せるとか、
運転手さんも無駄に心配しなくてもいいような対策を取って欲しい。
報道関係の方々も落ち着いて情報を精査し、
無駄に恐怖心をあおるようなことを言うのではなく、
現在の実情をありのまま、中立の立場で報道して欲しいと願います。
原発への放水・注水活動へ自ら志願して参加している隊員の方も少なくないといいます。
風評で出来ることもしないということは、そういう方の努力も無駄にしているということにならないでしょうか。
計画停電についても、
予定では停電の区域であったにも関わらず、
必要なしとのことで実施されなかった区域の方が、
どうして実施しなかったのかと怒っていました。
そんな些細なことも嬉しかったりします。
本当の復興を願うなら、みんなが冷静さを取り戻すことと少しの勇気をください。

いわきの現状は

原発の件がなかなか好転せず、不安のなか生活をしています
周囲の方も、いろいろなつてを頼りにいわきから離れていっています。
今のいわきの現状は、
お店の方も在庫が尽きたのか、軒並みシャッターが下り、
ガソリンスタンドもとっくに営業をやめたので車もあまり走っていないし(特にトラックを全くと言ってイイほど見かけない)、
あまり外出しない方がいいのでは?という不安感からか人もほとんどいない、という
大げさに言えばゴーストタウンの様相を呈してきました。

それでも、まだこちらに残って生活をしている方もたくさんいます。
我が家も含めて。
そういう人たちがたくさんいるということも知って欲しい。
毎日通わざるを得ない給水所で水道局の方が、
復旧に向けて夜を徹して作業に当たっているが、
破損箇所を補修するための資材が入ってこない、だから時間をください、と言っていました。
大人はまだ多少は我慢できるけれど、
小さい子供たちは手を満足に洗えないため、胃腸炎の心配や、皮膚のトラブルなどたくさんのリスクがあります。
それなのに医薬品が不足しているので、
診察を続けている病院が少なく、新規に診察を受けることができません。
食事だってこのままお店が再開しない状況が続けば、いずれ在庫が尽きるでしょう。
我が家はたまたま2世帯でお互いに台所があったため、
少しはストックがあって融通しあったり出来ていますが、
そうではないおうちは買いに行っても売ってくれるところもありません。
また、避難したくてもガソリンが無くて避難できないという話も聞きます。

原発の事故があり、避難とか屋内退避とかいろいろありますが、
いわきの大部分、人口が集まっている部分は今のところ安全です。
風評での『被爆するのでは?』ということだけで
ありとあらゆる物資の流れが止まり、非常に悔しいし悲しいです。
まだ余震もあり、自分の中の恐怖と戦いながら、
それでも頑張っていわきで生活している人がいることを知って欲しい。
都市部で買いだめが始まったという報道も見ました。
申し訳ないけれど、腹が立ちました。
なんの被害にあってそんなことをしているのか、と。
不安解消行動だとのこと。
目の前に不安がぶら下がっている状態でもないのにとんでもないことです。
津波被害地に比べたら、家があって生活することが出来ているのはありがたいことです。
でも、避難所並みに物資が足りないということも知って欲しい。
それでも、みんな、明日は今日より良くなる、
また前みたいにみんなで暮らす日が来ると信じて不便で寒い毎日に耐え、頑張っているのです。

少しでも多くの方々にいわきや南相馬の現状を知って欲しくてこのことを書きました。
ぜひツイッターで、と言われたけれど、
光通信が不通となり、
パソコンは生きているものの、ネットに繋がらないし、携帯の設定もしていないため、
ブログでのみ発信します。
どなたか、ツイッターなど、多くの方が目にするところで
被災地に暮らす被災者が現在、どんな生活をしているのかを伝えていただけたらと思います。

まだ続く余震に怯えながらも、原発の事故の終息を祈り、
それでも明日へ頑張って進んでいる
私たちの背中をどうか押してください。

行く先

地震発生以来、水が出ないことを除けば、今のところまだなんとか普通通りに近い生活ができています。
でも、原発の事故だけが暗く重くのし掛かります。
身近な人達も事故の影響が少ないと思われる遠方へ続々と避難を開始しています。
私たちも一応の荷造りをしていつでも出発出来るように、と家族で決めました。
行き先は知り合いが住む会津地方にほぼ決定。
出発はまだいつになるかわからないけど…
お彼岸も来るし、おとうさんはお葬式を頼まれてもいるし、早々と逃げ出すわけにもいかないし、
実際、避難指示が出ているわけでもなくて。
私は結構ギリギリまで留まりたいと思っているのですが…
昨日の昼間の時点ではすぐ行くか!という雰囲気だったのですが、
仕事から帰ってきた義兄とも相談した結果、もうしばらく様子を見ていてもいいんじゃないか、という話にまとまりました。
お寺のおとうさんは、口には出さないけどやっぱりお寺のことが心配だと思うし、不安だろうとこちらもいろいろと気を遣ったりするのですが、
おかあさんなど、さっさと荷物を引っ張り出してきて茶の間に放り出し、
今いま行くかのような騒ぎ。
食事もなまものの在庫処分と言わんばかりにいろいろと出てくるし。
不安なのもわかるけど、
もう少し周りの人の心の機微も察して欲しい
があってみんな無事なのにも関わらず、遠くに行く決断をしなくては行けない、でも踏ん切りをつけづらい、この気持ちを。
不安なのも心配なのもみんな同じなんだし。
ま、切り替えが早いと言えばそうなんだろうけれど。
そして報道が発表する原発に関することも難しくてよくわからないみたい。
だから、避難先でみんなでテレビを見ている人たち、特に年配の方たちはもっと不安だろうな、何て思ったりもします。

この先、どうなるのか全くわからなくなってきました。
ただ、今このときも原発で必死で対処してくださる方々の努力が実り、
みな無事でこの危機を乗り越える日が来ることを朝に晩に祈っています。

本当に必要なもの

震災の日から今日で4日が過ぎました。
まだ余震が続いているものの、落ち着いてきた感があります。
いわき市は沿岸の方は津波が襲い、家が流され、亡くなった方も少なくありませんが、
家も家族も無事で、普通の生活をすることが可能な人もたくさんいます。
それは我が家を含めて。
避難所でも毛布や水や食料、暖をとる器具が足りないという状態で、
そういった救援物資を送り届ける努力を続けているところかと思いますが、
普通の生活を続けられ状態の人達も物資の枯渇になりそうです。
道路の封鎖が続き、一般の車両が通れないので、物流が回復せず、
お店が空いていても品物がありません。
お店の在庫に頼るばかりですが、それもいずれ無くなるでしょう。
被害が少なくても被災者がいて、
レベルは違えど困っているものがいるということも理解して欲しいと思います。
いわき市は津波が来たといっても、岩手などのように衝撃的ではなかったからか、
報道も少なく市内におりながら市内の状況がわかりません。
人伝えに聞くばかりです。

パニックのようになる前に物流の復活と口コミではない情報を望んでいます。

命の水

月曜になり、一応職場へと向かいましたが、アルバイトは落ち着くまで自宅待機ということで、
帰りながら給水所によって水をいただいたりしてます。
昨日までは給水車からの給水でしたが、
今日は簡易水道になりました。
そのあと、営業しているスーパーマーケットの行列に並んだりしています。入場制限しているので、
何が買えるかはお店に入ってみないとわからないけど。
でも、自分のおうちも被災しているのに夜を徹して働いてくれて、
いろいろなものを復旧させてくださる方々に感謝です。
一本のホースから流れる水はまさに命の水。

夜が明けて

寝たとも寝ないともしないうちに夜が明け、翌日を迎えました。
夫は朝の8時過ぎにようやく帰宅。
雅楽仲間の皆さんと水や飲み物をたくさん抱えて帰ってきました。
夜通し運転し、いわきにたどり着けるようにハンドルを握ってくれたKさんに感謝です。
そのあと買い出しに行ってみたけど、
ポリタンクや水はすでに売り切れ。
それでもまだウェットティッシュやシート状の洗浄剤などは買えたから良かった。
それに、家があって買い物に行けて、横になれるスペースがあると言うことはとても幸せなことです。
午後からは内部崩壊している本堂の中身を客殿に移動。
埃とお線香の灰まみれのいろいろを家族総出ですっかり運び出しました。
原発も危険な状態だし、まだ不安です。
コメントを寄せてくださる皆さん、本当にありがとう。
お返事出来なくてごめんなさい。
更新も繋がらなくなってきました。
テレビに映り出される惨状よりはるかにマシな状況ですが、
普段の日々がいかに幸せな時間であったのかを実感しています。

夜を迎え

地震が起きてから10時間余りが過ぎ、寒い夜を迎えています。
ひっきりなしに震度2~3の余震が起こり、眠りたくても怖くて眠れません。
断水してしまったので、トイレも使えないし、
冷蔵庫から落ちた食品で汚れた床の拭き掃除もできません。
顔もモチロン洗えないし。
でも、これは贅沢な悩みです。
津波で家が流された方や火災に遭われた方に比べたら、
少し壁にひびが入ったくらいで済んだ我が家にいられるのですから。
電気も通っているし。
でも夫がまだ帰ってこられません。
ひどい渋滞に巻き込まれているようです。
今もまた余震です。
余震とはいいながら、本震並みの揺れが来る可能性もあるとか。
本震の時は職場のみんなと一緒だったから心強かったけど、
一人の夜の強い揺れはかなり恐ろしいです。

無事です

すごく大きな地震でした。
激しく横に揺さぶられ、立った人は立ったまま、座っていた人も身動き取れず。
職場は緊急帰宅になりましたが、帰宅途中も地割れしていたり、
古い家屋が『くの字』に折れ曲がっていたり、もう、ホントに泣きそうになりました。
夫も東京に向かう途中で地震に遇い、
水戸から引き返してくる途中です。
本堂も外見はさほどでもないけど、内部は瓦礫の山。
もしかして建て直さないと無理かなぁ
住まいの方も全てのものが床に落下。
どこから手を着けて良いのやら途方にくれる有り様。
壁にも亀裂が入ってるし。
住めるかなぁ
水道、電話が止まっています。
かろうじて電気だけが通じています。
強い余震が続いていて夜になってきたので怖い。
夫もにたどり着けるかどうか…
実家とも連絡がとれず、不安な夜になりそうです。

揺れました

昨日から地震が続いております。
まずは昨日の午前中に起きた地震から。
仕事をしていたら何となく体が揺れるような感じがして、
最初はめまいがしているのかと思ったりもしたのですが、
周りの社員さんたちから『地震だ』の声が・・・
するとそのうち、揺れが強くなり、結構強い横揺れがしばらく続きました。
始めのうちこそ、様子を見ていた社員さんたちも、
揺れが長引くにつれてざわざわし始め、
私も同僚のアルバイトさんと顔を見合わせました。
机の下に潜ろうか、イヤ、そこまでではないか、などと迷っていると、
私のすぐ隣に置いてあるガラスがはまっているパーテーションが大きく揺れだしていて。
倒れてきて怪我をしたりしたらいやなので、それを抑えるので精一杯でした。
横揺れが続くもんだから、何だか船酔いみたいになってきてしまって。
狭い面接ブースでお客様とお話していた社員さんは
周りの景色が見えないところで長い横揺れを味わったもんで、
ホントに気持ち悪くなってしまったといっていました

ようやく揺れが収まった頃、上司が食堂にあるテレビを見てきてくれて
震源地や震度などを教えてくれました。
いわきは震度3ということでしたが、
立ち仕事をしていたり、地階にいて動いていた人は気付かなかった人もいるとか。
私は築○十年の建物の2階にいたから余計に揺れたような気がしたのかもしれません。

それにしても・・・
地震って、その揺れがいつまで続くのか、どこまで揺れが強くなるのか、ホントにわからなくて怖い。
震源地の方もさぞかし怖かっただろうと思います。
津波の影響で三陸沖の牡蠣の養殖場が被害を受けたとか。
先日のチリ地震の被害からようやく立ち直ってきたばかりだったそうで、本当のお気の毒です。
今朝も揺れました。
しばらくは余震が続くそうです。
これ以上の大きな地震が起こらないことを祈るばかりです。

作り置きおかず


今週は日曜~火曜までずっとバレエのレッスンの予定が入っております
発表会も近いし、頑張るしかないのですが、
困るのは家のこと。
特に食事の支度。
あんまり出来合いのものや、冷凍ものにインスタント食品は食べたくないし、夫にも食べてもらいたくない。
何が入ってるか、よくわからないしね
それでも前よりは格段に安心できるような安全なものになったとは思うけど、やっぱりチョット…
かといって、あんまり手を抜いたおかずだと、
そろそろお彼岸に向けてのお墓掃除やら庭木の手入れやらで、肉体労働も佳境になってきた夫に申し訳ない。。
だからしっかりスタミナもつくもの、かつ、手早く作れるものを食べてもらいたい私は結構日々悩んでいるのです。
そんな時に見つけた作り置きおかず。
牛小間肉をたくさんのごぼうと一緒に
ごま油としょうが、砂糖、醤油で味付けした炒め煮。
そのままご飯に乗せて牛丼風、
煮汁にとろみをつけてあんかけ風、
モチロン、そのまま食べてもOK。
いろいろに応用できてご飯もすすむ味付け。
これで少し留守がちなことを大目に見てもらいましょう!

女子の祭典

今日はひな祭り。
去年は何かの予定と重なっていて、
凝った料理ができず、毎年作るちらし寿司が食べられませんでした
ま、ちらし寿司と言っても海鮮ものが載っているような豪華なものじゃなくて、
干瓢やら椎茸やらを甘辛く煮たものと錦糸卵くらいしか散らさないのですが
それでもやっぱり食べないと寂しくて。
今年は作れるなあなんて思っていたら、
夫の方に仕事が入り、夕食も出ると言うことで、今年もまた作らなくてもいいことに。
ちょっぴり残念。

それでも、夕方に実家の母が寄ってくれて
ひな祭りだからとデザートを持ってきてくれました
私も母が来たときに一緒に食べようとおやつを用意して待っていたのですが、
なんと、母も私もシュークリームを買っていました!
これには二人とも苦笑い。お店は違えど、同じデザート、選んだ理由も堅苦しくないから、とこれまた同じ。
思考回路が同じなのねぇ、なんて母も言うし。
せっかくなので、シュークリームの交換をしました。

豪華なひな祭りではなかったけど、
なんだか嬉しい女子のお祭りでした。

へとへと

あっという間に3月。
ブログも放置しっぱなし。
時間や予定に追われて家の中はしっちゃかめっちゃか、
体調もサイアクの状態で迎えております
仕事の方も、慣れない短期のアルバイトさんを抱え、年度末に向けてまっしぐら。
自分の仕事もいつも以上にあるというのに、
彼女の仕事の進行具合を確認しながら、終わった頃には指示を出し・・・
う~ん、私も同じ自給で働くアルバイトなんだけど・・・
まあ、これもこの時期特有の日常なので仕方がありませんが、
犠牲を強いられているのは夫君なので、ホントに申し訳ないと思いつつ。
ついつい八つ当たりしてしまったりもして、ゴメンネ。

それでも唯一の救いは、今月は土日に発表会の練習が少ないこと。
練習があっても日曜だけとか、平日とか、少しは息抜きできる時間がありそう。
それに、ちょうど夫君の誕生日には家にいられることが判明。
良かった、少しは落ち着いた気持ちでその日を過ごせそうで。
それでも、春彼岸に向けてのお墓掃除が始まってきたので、
ゆっくり出来ないのは夫君のほうになりそうですが・・・
来月のアタマには800年御忌の年の華やかな御忌(ぎょき)があるし、
夫君もゆっくり出来ない時期に入ってまいりました。
今年もまた、のんびり温泉にでも行きたいね、の話は中をさまようことでしょう。

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