プロフィール

みきこ

Author:みきこ
福島県いわき市在住
1977年4月3日生 
おひつじ座
♀ A型 

普通の家庭で育ち、お寺に嫁ぐ。

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門出を迎える人々

4月最後の今日。
バレエ教室で仲良くなったYちゃんとMさんと夜デート。
震災直後から関東へ避難していたYちゃんが、
お母さんと一緒に東京で再スタートすることを決めたために、急遽集まることになりました。
いわきの実家は311の震災でカナリのダメージを受けたとか。
直すほどの物でもないし、お母さんの体もあんまり丈夫ではないし、
家も医療設備も整っている所に移りたいという希望のもとの決意でした。

バレエ教室が閉鎖になって以来、レッスンも途絶えていたため、
メールなどでは時々連絡を取ってはいたものの、会うのは久しぶり。
食事をしながらのおしゃべりは続きました。
震災のこと、そのときの苦労話、バレエのこと・・・
あっという間の時間でした。

また、Mさんが5月中に結婚するという報告も。
みんな、新しい門出を迎えます。
まだまだ余震があって、その度にどきりとし、寿命は縮み続けていますが、
こんな時でも新しい道を選ぶ人たちがいる。
私も見習わなければ、とも思いつつ、
震災がなければ、一緒にいわきで過ごせた人たちをも思い、
少し悲しい気持ちにもなります。
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解体

本日は『昭和の日』ですね。
今年も黄金週間が始まりました。
いわき市にも全国各地からボランティアの方が集まってくださり、
おうちの片付けなどの作業に参加してくださったそうです。
本当にありがたいことです。
今夜は夫もボランティアに参加しております。
これまでも宗の地区青年会の皆様と
炊き出し、片付けなどこれまでも何度かボランティア活動をしていますが、
今回はいわきの青年僧の集まりにての活動。
避難所にて、避難されている方のお話を聞く、という内容だそうです。
頑張っているかな・・・

さて、本題。
3月11日の大震災にて壊滅的な被害を受けた本堂。
そして、4月11日の最大余震にていよいよ危険な状態となっていました。
我が家の本堂はコンクリート作りで、
吹き抜け部分があって、そこに天窓が付いているという造りでした。
築47年の建物は、現在の建築基準には程遠く、
吹き抜け部分はコンクリートブロックを積み上げて出来ているようなものだったので、
今回の震災には耐えられませんでした。
天窓が付いている吹き抜け部分から瓦礫が落ち、本当にとても危険な状態でした。
余震が全く収まる気配がないので、揺れるたびに本堂の状態を確かめ、
強風が吹けば、壁からはずれた窓がばたんばたんとなり、今にも落ちそう、という、
とてもはらはらした状態だったのですが、
ようやく、はつり屋さんが来てくれて、危険な部分を解体してくれました。
午前8時過ぎから作業が始まり、
不要な壁の部分をハンマーで叩いて壊し、
午後、地響きを立てていよいよ吹き抜け部分が解体されました。
下の写真は解体される前、余分な壁を落とした状態です。
P1000556.jpg
どこにも被害を与えず、必要な部分だけを解体してくださったはつり屋さんに感謝です。
これで一応、余震などによる崩壊の危険は避けられたわけですが、
柱を残して再建、もしくは全部立替、という難しい問題が・・・
檀家さんたちはなるべく骨組みは残して、という考えのようですが、
業者さんによれば、本震と余震でかなりダメージが来ているし、
建築基準法的にも「う~ん(困)」という感じなのだそうです。
確かに、本震も余震も法事の最中ではなかったので
檀家さんたちに被害はありませんでしたが、
これから先もそうだとは言えません。
地震はいつ来るかわからないし・・・
私たちだけの建物ではないので難しいところですが、
そういうところをケチるより、
少しこじんまりとしたものでも安全な建物にしたほうがいいのでは?とも思い・・・
これからどういう相談をするべきなのか、考えてしまいます。

沿岸でボランティア

今日は朝から晴れてとても良いお天気。
日差しも暖かくて春らしい日でした。
今日の夫君、青年会のお坊さん達と沿岸部でのボランティアに参加しました。
夫は今日が初めての参加ですが、
皆さんは何度か参加したことがある方もいらっしゃるそうです。
本日は津波が押し寄せた海岸部で、
津波が盛ってきた砂を土のう袋に詰めて運び出す作業だったそうです。
夫がお手伝いしたおうちは
1mくらいの高さの津波に襲われ、家の中まで水が入ってきた跡があったそうです。
一面同じ高さの砂で覆われているので、一見わからないそうですが、
掘ってみると、その砂の多さに驚くほどで、
掘っても掘ってもキリがないくらいだったとか。
1件のおうちをお手伝いするのがやっとだったとかで
チョッピリ日に焼けて、へとへとになって帰ってきました。
本当にお疲れ様。

いわきはまだ余震が続いており、
昼となく夜となくひっきりなしに地震がやってきます。
私がお世話になっている職場の建物は
耐震工事が終わっていたので、建物自体の損壊はありませんでしたが、
床が真ん中が高くなるように『く』の字にゆがんでいるため、
人が歩いただけで震度1の地震くらい揺れます。
もう、これだけで“地震酔い”になりそう。
これ以上、強い余震に襲われたらどうなることか・・・
これからもM8クラスの強い地震が来る可能性もあるとか。
(いわきの人は「来る可能性」とは思っていません。「来る」と思っています。)
早くすっきりしたい!
元に戻りたい!

これもチャリティー

私の愛するコスメブランド、AVEDA。
少しお高いですが、オーガニックにフェアトレードという企業のコンセプトにも共感できるので
しばらく前から一部の商品を愛用しています。
以前は着払いで東京のサロンから送ってもらっていたのですが、
地元にも取り扱いのあるお店があることがわかり、行って来ました。

AVEDAの商品の取り扱いがあるヘア・サロンなので、
髪を切るわけでもなく美容用品を買いに行くだけに訪れるのは
チョット緊張しましたが、店員さんがとても丁寧に対応してくださり、
いろいろなサンプルまでいただいてしまい、嬉しかったです。
しかも、レジの前にはチャリティーのための商品が。
ついつい、こちらもお買い上げ。
それは
・シャンプー
・コンディショナー
・アウトバストリートメント

の3つがはいったトラベルセット。
1セット300円でお店で販売し、集まったお金はいわき市の義援金になる、というもの。
お買い物ができる立場にあるものが、苦しい立場にいる人を助けることが出来るのなら、
という気持ちで私も一つ購入してきました。
お気に入りの物を買ってチャリティーになるのなら、
こんなにステキなことはナイですよね。
P1000554.jpg
私の愛するボディオイルとチャリティーセット

静かな怒りを

先日、東電の社長が福島県に来県し、
避難所を回ったり、知事と会見したりしましたね。
その時に思ったことをふと・・・

社長に思いをぶつけるのはとても大切なことです。
下々のものの事などわからない生活をしてきた人ですし。
官僚経験者で天下り組だとか・・・
ですが、強い言葉でなじったり、糾弾したりすることはあまり美しいとは思えないのです。
例えば、その時の様子を社員さんが見たとします。
社員さんとしては、自分の会社の社長が怒鳴られているところなど
あまり見たいものではないのではないでしょうか?
また、怒鳴られている本人だって
頭を下げていて、その上を通り過ぎてしまえば、と思うことだってあるでしょう。
それよりも、もっと目を見つめて切々と訴えた方が
心に残るし、あとから映像を見る方だって、被災者の声が心に突き刺さるでしょう。
中には
「終わったことを言っても仕方ない。
 どうか、これからのことをよろしくお願いします」
と、家族の皆さんで社長に頭を下げた方がいらっしゃいました。
社長に、どうかよろしく、と握手を求めた方もいらっしゃいました。
こういう態度、本当に大人だと思います。
見ているこちらも頭が下がります。
会いたくない、と、本当に思ったら、外に出てしまうほうがスマートだとも思います。
実際、首相が訪問した避難所では
会いたくないから、と外に出られていた男性がいらっしゃいましたから。
怒ってしまう気持も痛いほどわかります。
でも、ここで社長を糾弾しても、聞き苦しいだけのように思います。
激しい怒りも、モチロン、必要ですが、
長期戦になり、警戒区域まで設定されてしまった今、
静かに訴える怒りや悲しみの方が届くような気がします。
難しい問題ですけれど。

長期戦

最近、報道されることが少なくなりましたが、
(その周辺地域に関する報道は多いですが)
東電の原発事故はかなりの長期戦になる様相を呈しています。
まぁ、それは最初からわかりきったことですが。
先日、現場で作業に当たっている方々の
日々の様子が久しぶりに伝えられました。
食事は相変わらずのインスタント食品や缶詰。
回数が一日2回から3回に増えたとは言うものの、
質は向上していないようです
お風呂もまだ設置されていないということだし、
目張りした防護服を着て
手袋も複数枚着用、
さらに全面マスクを着けたなかでの作業。
一日の終わりには汗を流してすっきりしたいと思うことでしょう。
我が家も2週間断水し、
その間、お風呂に入れたのはわずか2回だけでした。特に汗をかくようなことはしなかったとはいえ、
やっぱりお風呂に入って体を流したかったです。
だから、過酷な作業を続けていらっしゃるのに
汗をすっきりと流せないという状態はとてもお辛く、また、疲れも取れないことでしょう。
また、夜は夜で広間にマットを敷いて毛布にくるまるだけの雑魚寝。
誰かの鼾が響き、
疲れて目が冴えていたりしたら、恐らく、一睡も出来ないのでは

こんな劣悪な環境のもとでは、
現場の士気が上がるわけないし、
あの上の人たちが考えた計画表通りになんて作業出来ないでしょう。
送られてくるデータしか見ていないような
頭でっかちにはわからないのだろう。
彼らは水も出るし電気も点くしガスも使えるし。
一週間くらい免震重要棟だかに泊まって
同じ環境で生活してみればいいのだ

サラダとかの生野菜や
具がたくさん入ったお味噌汁とか食べたいだろうなぁ。
湯船に浸かって手足を伸ばしたいだろうなぁ。
お布団でゆっくり眠りたいだろうなぁ。
そんなことを考えると申し訳ない気持ちになってきます。
もし、あの工程表通りに作業を進めたければ
現場の生活環境を人間らしいものに変えることが
必要なことのように思えます。
また明日から頑張ろう、と
作業員の方々が思えるように。

これからの原発における災害対策は
安全に関することが一番に重要ですが、
敷地内にある程度の宿泊設備を整えることも大切なのでは?と感じます。

ふつうのくらし

いわきもカナリの被害を被っていますが、
ここのところ、今のところ、いわゆる普通の暮らしが出来ています。
車の台数が元に戻ってきたので、交通ルールの悪いのも元通り。
高校生の馬鹿ップルが狭い道路を独占して歩いているのも元通り。
その度に、多少はむかっとしますが、
それでも、1ヶ月前の日中なのに人っ子一人いない状態を思い出すと
「これが普通ってことなのか」
としみじみしてしまったり。
それでも。
交通ルールは守りましょうね、皆さん。

今日はずっとずっ行きたかった美容室へ行って来ました。
震災のあった週の次の週に美容室に予約をお願いしようと思い、
仕事から帰ったら電話をしようと思っていた矢先の大震災。
その後は美容室どころじゃなくなったし、
ようやく落ち着いてきて、
じゃあ、そろそろと思ったら巨大余震。
そして断水。
伸び伸びになって疲れてしまった髪形のままでいたのですが、
やっぱり少しは女子らしく身奇麗にしていなくては、と思ったのと、
震災を経験したことで
「明日はない」
ということがわかったから。
思い立ったらスグ予約。
おかげでキレイサッパリとなりました

アシスタントの女性と震災の話で盛り上がったり。
彼女もどこにも避難せずにいわきにいたそうです。
いわきにいた人が少ないので、ナカナカ話が通じる人が少ないということでしたが、
私も避難せずにいた一人。
すごく盛り上がってしまいました。
いわきにいたときの心細さや、苦労話・・・
その時をいわきで過ごした人とじゃないと出来ない話をたくさんしました。
こんな経験、もう二度と嫌です。

今週は雨が降る日が多く、
地震で揺さぶられ、雨で緩んだ地面が心配です。
山の近くに住む人は毎日のように山鳴りがするそうです。
どうか、何も起きませんように。
このまま、普通の暮らしが出来ますように。
祈ることしか出来ません。

いろいろ見えてきた

あぁ、醜い。
何って、こんな時なのに政治が揉めていること。
やれ、リーダーシップが無いだの、連立には応じられないだの…
普通の感覚では、
こんな時だからこそ等や派閥やグループを越えて
この国難とも言うべき大災害を乗り越えていくべきだと思うのですが…
もし、現在の与党が経験不足で対応が遅いというのなら、
今まで長年与党の立場にいた野党が
与党の時に培ったノウハウを最大限に発揮するべきなのでは。
首相交代などと馬鹿馬鹿しいことに時間を費やしている暇など無いはず。
一被災者としては
災害対策の遅れにかこつけて政争を繰り広げているだけのようにしか見えず、
被災地に目が向いていないのが非常に残念です。
だいたい、今首相が交替なんかしたら世界の笑い者だ。
こんな時に国民が参加できない首相を選ぶ選挙なんかしたら
恥ずかしすぎて世界に助けてなんて、言えない。

義援金も未だに支給されていません。
どういった被害を受けた場合にどれくらいとか、
どんな風に決まったのかも、どうも、曖昧。
亡くなった方、行方不明の家族がいる方などには
だいたい決まったらしいですが、
私たちみたいな自宅避難が可能だけれど、
一部建物や家財に被害を受けた場合などはどうなるのか、とか…
わかりません。
神戸の大震災の時には2週間で分配されたとのこと。
津波の被害に遭われた方は着の身着のままで逃げているので、
お金を持ち出せた方はあまりいません。
生活用品を買うお金も足りないのです。
市町村が分配するということですが、
自治体の機能そのものも失われている地域も多いなか、
市町村の職員さんにはかなりの負担がかかっています。
職員さん自体も被災者なのです。
実際に被災地の自治体では
過労で倒れてしまわれた職員さんもいらっしゃいまし。
首長さん達だって同じです。
スマートな方もいらっしゃいますが、
中には『いなかの良いおじさん』的な方もいて
そういう方は見ていてかわいそうになってしまうくらいに疲れています。
それなのに、
国はあまりアテにならないなんて、なんて不幸な国でしょう。

原発についても、
反対派は『それ見たことか』と、
原発は廃止すべきであると強く出ていますが、
こんなに電気に依存した世の中になってしまった今、
果たして、それは現実的なのでしょうか。
電気を大量に消費し続ける生活をしていく以上、
まったく原発に頼らないということは難しいのでは。
それこそ、屋根の何%以上に太陽光発電パネルの設置を義務付けるとか、
さらにそれで発電し、余った電力の売電の促進とかまで徹底的にやれば
もしかしたら一部頼らなくても良くなるかもしれないけど…
私はそれよりも、災害が起きたときに
『想定外』という言葉で逃げたり出来ないように
安全策にお金をかけるようにして欲しい。


一時滞った新聞の配達も順調になったので
冷静に時事を判断できるようになってくると
見えてくるものが多く、
また、その多くが眉をひそめてしまうことなので
不安になったりもします。

本来ならば

今日は災害ゴミを搬入してきました。
場所は『仁井田運動場』
P1000553.jpg
本来ならば、名前の通り、運動をするために作られたグラウンドだったでしょうに・・・
ソフトボールやサッカーなどの。
それなのに、運動場には見渡す限りの瓦礫や家財のゴミ、家電のゴミがうずたかく積まれていました。
あたり一面の砂埃で喉も目もしょぼしょぼ。
家電ゴミは比較的空いていて、すぐにお願いできますが、
瓦礫や家財ゴミは長蛇の列。
道路にまで渋滞の列が出来ていました。
それだけ皆さんの片付けが進んでいるということなのでしょうけれど・・・
それにしてもすごい量です。
ここも明日には満量となってしまうとのこと。
いわき市だけでもこれだけの量なのですから、
もっと北の方では想像もつかないほどの災害ゴミの量なのでしょうね。
ある試算に寄れば23年分のゴミが出るとか。
それを分別してリサイクル、廃棄するまでにはまだまだ膨大な時間がかかるとのこと。

3月10日までは
誰かの家であったり、どこかの会社であったものが
一瞬にして瓦礫となり、災害ゴミになる・・・
それを考えると、本当に悲しくなります。
それでも、片付けができる地域はまだ幸せです。
自宅の片付けはおろか、大切な人が行方不明なのに、
探しに行くこともできない方たちもたくさんいらっしゃいます。
会社がその地域にあった方は仕事も失われ、文字通り、丸裸です。
さらには差別までもが加わり、気持ちを奮い立たせることも出来ない。
それが福島県の現実です。
また、今日は地震が来なければ、私が通っていたバレエ教室の発表会でした。
些細なことですが
教室自体が閉鎖になってしまったため、
必死で練習した成果を発表する機会は失われました。
将来性のある子供たちの未来も見えなくなりました。
彼女達と会えないのも寂しい。
みんな、どうしてるかな…

晴れて暖かな陽気と青い空、
そして、その下には現実があります。

ナーバス


今日は大きな余震が少なく、何となく静かな一日でした。
大きな余震が来ないだけで、小さな揺れは頻繁にやってきますが。
ここのところ震度3以上の地震がひっきりなしに起きていたので、
あんまり静かだと却って不安になります
以前は地震があることの方が非日常だったのに、
3月11日からこっち、
地震が落ち着いている日の方が不安だなんて…
こんなの、普通じゃないですね
ある説では3ヶ月以内にまた大きな余震があるとか…
街が元通りになりつつあると
またリセットボタンを押されたかのごとく、
地震の被害に遭うのは懲り懲りです。
その事を考えると、
地震が来たわけではないのにナーバスになってしまいます。
大きな地震がまた来て
断水してしまったら怖いので、そんなときのため、
お風呂も洗濯機も水を貯めるのもやめられないし。
「はいっ、今日で地震、終わりっ!」
っていう宣言があれば楽なんだけど…
そんなわけない。

せっかく桜が満開なのに
ついつい来年もいわきで桜が見られるかな、なんて、悪い方に考えも行きがち。
それもこれもちっとも進展しない原発のことがあるわけですが、
現場で働いている作業員の方はもっともどかしい思いをしていることでしょう。
危険を省みずに必死になっている方がいるおかげで
一応の均衡を保っているわけですから…
それでも、あと一歩のところで足踏み。
やっぱり不安です。
中には最近原発の話題が少ないのは
あんまりにもひどくて発表出来ないんだ、
いわきを避難区域にすると保証が大変だから対象外としているのだ、という人もいて…
みんな不安に思っているので、そういうことを聞くと
案外そうなのかも、なんて思ってしまったり。
デマってきっと、こういう心理状態の時に生まれるのでしょうね。

そんななか、今日は電車が来て遮断機が降りているところに居合わせたし、
すっかり錆びてしまっていたレールはぴかぴかになっていたし、
街中の給水所は閑古鳥だったし、
みんな元に戻るために頑張っているのですね。
元気を出していかないとね。

差別と偏見と

避難先や、廃棄物の協力を依頼した先で
「福島県から来た」
と言うと、
避難した先の学校で、「ふくしま」とか「放射能」とか「いわき」とか
あだ名をつけられて周りから子供がいなくなるという。
はたまたK市では、福島県の廃棄物を受け入れると言ったら
「放射線で汚染された廃棄物を受け入れるな」と苦情が何万件も来たとか。
それから、あるSNSでは
「福島県、特にいわき市の連中は安全、安心といいながら
 放射線に汚染された農産物を首都圏で売りまくっている」

という書き込みがあったそうな。

津波に襲われた県は「がんばって」という温かいまなざしの方が多いような気がしますが、
私たちの福島県に対しては、どうも、そうではないらしい。
自分たちの安穏とした生活を
脅かしかねない、いわゆる、目の上のたんこぶのように思う人が多いのでしょう。
本当に寂しいです。
「がんばって」という言葉は所詮、口先だけなのか・・・
モチロン、応援してくれる人もたくさんいらっしゃいます。
それでも、こういうことで
せっかく避難した先で新しい生活を送ろうと、毎日緊張している子供たちや、
福島の農業を守ろうと、必死の方たちの気持ちを踏みにじるような、
こんな差別と偏見は許せません。

おとといは断水してから2時間で水が出ました。
今日、約1ヶ月ぶりに電車が走って行くのを見ました。
そんな些細なことや、なんでもない風景を見るたびに涙が出そうになります。
計画停電で電車が来ないと怒りまくる人もいるらしいですが・・・

いわき市は日々生活が立ち直ってきています。
桜も満開です。
でも、毎日余震にも襲われています。
またいつ震度6の地震が来てもおかしくない状況です。
それでも、前のような生活に戻るために進み始めたところです。
そんな新しい芽を硬い靴で踏みにじるようなこと、本当に悲しいです。

また、報道のされ方にも疑問が。
特にFテレビ系列。
いわき市をゴーストタウンだと報道し、
夕方のニュースをつければ原発のニュースを
眉根を寄せてさもさも末期的だというかのごとくコメントする。
それから、東電の社長の会見の時の質問もひどかった。
記者が飛ばした質問は私からしてみれば愚問としか思えませんでした。
確かに、具体的なことは明言できなかったけれど、
今、この先どうなるかということを明言できる人はいるのでしょうか。
保障だって、今ようやく取り組み始めたところなのですから、
こちらだって適当なことは言って欲しくない。
貴重な時間を愚問をぶつけて社長を困らせるようなことに使って欲しくなかったです。

日本は結局は幼稚な国、ということなのかなあ。
いろいろな国のコメントを見聞きしますが、フランスのコメントが一番冷静で大人な感じがする。
もっと大人にならないと、
この先、復興してもまた同じようなことになってしまう気がします。
特に小さな子供さんがいる世代。
もう少し「お勉強」して欲しい。
避難先で福島県の子供たちが心に深い傷を負わないうちに。

大手は所詮

福島県は第一次産業が盛んな県です。
農業、漁業、畜産…
それはそれは自然豊かな県で、私たちの誇りです。
それが先月の震災以来、苦境に立たされ、瀕死の状態です。
原発事故以来、巻き散らかされた放射性物質が、
土を汚し、農作物を汚し、海を汚し、魚を汚しています。
その影響で一部地域で作ったり捕れたりした
一部の農作物や一部の海産物の放射線の基準値を超え、
県全体で出荷を制限されています。
あくまで“一部の”ものが対象です。
すると、福島県で採れたあらゆる農作物、あらゆる海産物が嫌われてしまいました。
野菜に関しても、あくまでも露地物に関してだけなのですが、
ハウスで栽培された基準値を越えない農作物まで取引を断られているそうな。
いわき市内の小名浜(おなはま)地区では
大手ケチャップメーカー指定のトマトの生産組合があり、
国道沿いに大きなハウスでトマトを栽培しています。
ところが、放射線の心配があるとかで取引を断られてしまいました。
いわき市というだけの理由です。
県内の須賀川(すかがわ)市では
大手のファミリー向けイタリアンレストラン用に
契約農家が葉もの野菜の栽培をしていましたが、
どうも、それも順調ではないらしい…
いくら言っても信用してくれないのかな。
こちらで安全と言っても
信用できないのなら、
そんなに心配するのなら、
メーカーの方も測定器を使って合格したものだけを使えばいいのに。

口に入れるものはまだわからなくもないですが、
鉄屑、自動車のリサイクル部品、はたまたソフトウェアまでもが取引を断られているそうです。
残念です。
その心の狭さが。

今、東京では福島県産の野菜は安全だ、応援しようという
即売のキャンペーンを展開中ですが、
そこでの『頑張って!』っていうのは所詮、口だけなのかと思ってしまいます。
被災地の物をできるだけ使ったり食べたりするのも支援です、って
首相は言いました。
それに、福島県の産業を壊滅させそうな原因を作ったのは
東京の会社です。
支える気持ちがあるならば、
大手こそ手を差し伸べて然るべきなのでは?
ひとからげに拒否しないでほしい。
不安なので取引の規模を広げるのはちょっと…と言うのならば
今までの取引の継続か、
もしくは、安全だと確証が取れるまで規模の縮小を考えて欲しいです。
壊れたものを新しくするにはお金がかかります。
また、売るための物を作るためには初期投資がかかっています。
せっかく作ったものを
泣くのを堪えて捨てなければならない人の
背中を思いやってください。
自分達のひたすら消費するだけの生活を省みましょう。
福島県がもう一度元気になれますように。

桜どころじゃない

いわきでも桜が咲き始め、
本当なら今頃お寺の真向かいにある公園ではさくら祭りのころ
夫と私の記念樹のシダレザクラも咲き始めました
2011しだれ

などと、思っていた矢先の大きな余震。
昨日の余震のショックも癒えないまま出勤した私たちを襲う、午後の余震。
今日の震度も6弱。
夕方もまた震度4。
直下型の地震のためまず始めに地の底から響くような音と小刻みな縦揺れがやってきます。
そして自分のことよりも、何よりも先に原発を心配する私たち。
いつまでこんな生活が続くのでしょう。

いわき市内はまたもや広範囲の断水に見舞われ、
おととい撤去したばかりの給水所が復活。
水を汲みに列成す人の群れ。
今朝まではちょろちょろと心細い流れながらも出ていた我が家の水道も
午後7時を過ぎたあたりからぴたりと止まりました。
我が家の断水生活も復活です・・・
また水が出ないのか・・・

ただ、今回は前回のようなパニックにはなっていないので、
お店も今のところ普通に営業しているようなので助かりますが・・・

これからもまた大きな余震が来るとか。
家が“だだだっ”と揺れる音を聞くたびに心が折れそうです。

もう、いや…

午後5時過ぎにまたもや大きな揺れが来ました。
一ヶ月前と同じ震度6弱。
食事の支度をしようとして
お味噌汁用のお鍋に水を入れたところでした。
ぐらぐらっと来たので、
すべてを放り出して部屋の隅に移動した途端、

強烈な揺れが。

一ヶ月前と同じくらい強い横揺れ。
引き出しが飛び出し、
食器も少し落ちました。
さらに前回は大丈夫だった停電が起きました。
水が止まるのが怖かったので
家中のありとあらゆる容器に水を溜めました。
お風呂も満水状態

ただ、前回より長く揺れずに揺れが小さくなったので良かった…

でも夫は母屋にいて不在。
一人でただひたすら揺れが収まるのを待つ間、
自分の存在の小ささや非力さをいやというほど思い知らされます。

また本堂が被害を受けました。
人天蓋(にんてんがい)という大きな飾りが落下したそうです。
危ないから外そうか?と言っていた矢先。
外は雨。
屋根が壊れている客殿が激しく雨漏り。

一ヶ月前の震災が起きた時刻に合わせて黙祷をしたばかり。
ここ2、3日地震が多いなぁと思っていたら
今日の揺れ。
真っ先に原発を心配する生活。
幸いにも、
お寺の家族も実家の家族も無事だったから良かったけれど、
いつになったら安心して暮らせるのか…
神も仏もありませぬ。

いわきの野菜

今週末、いわき駅前の広場で『いわき野菜の直売』の催しがありました。
P1000547_20110410152531.jpg
昨日は残念ながら雨模様で、私も行きたくてもいけなかったのですが、
今日はとても良いお天気
夫と散歩がてら行ってきました。
軽トラックや自家用車に野菜や地元生産品を積んだ農家さんが販売をしました。
トマト、ねぎ、たまご、などなど。
私もトマトやアスパラ、パンなどを買ってきました。
BIGBANDの演奏などもあり、
お昼近くになったら人通りも増えて、立ち止まる人も増えてきたようでした。

県内産の一部の露地物野菜から
基準値を超える放射線量が検出されたこともあり、
すっかり、福島県産の野菜は嫌われ者になってしまいました。
洗って茹でて食べれば大丈夫、など後付けて言われても、
人間の心理的には「コワイ、キケン」と思ってしまったら、
後から何と言われようとも警戒してしまうのはそれは仕方ナイこと。
だから、そういうことを発表する時は
出来るだけ慎重に、そしてピンポイントで確認することが大事だと思うのです。
たとえば、A地点では基準値をクリア出来なかった、
では、そのA地点に隣接するB地点ではどうか、
露地物はクリア出来なかった、ではハウス物はどうか、などなど・・・
もう少し思いやりのある試験と発表をしていたら、と、つい、思ってしまいます
今は頑張ってくださる農家の方が多いですが、
これから先も原発がこのままの状態で続くようでしたら
だんだんと皆さん疲れてしまって
農家を辞めてしまう方も多く出るのではないかと心配です。
今、振り絞って頑張るのではなく、この先も細く長く続けていただけるよう、
私もなるべく地元産を選びたいとは思いますが・・・
そのためにはお店も通常通り、地元野菜を仕入れていただく必要があります。
特設販売だけで扱うだけでは、農家のかたも安定した収入にならないだろうと思うし。
風評被害を吹き飛ばすのには
「安全、安心です」と声を上げて言うことも大事ですが、
私たち消費者がもっと身近に地物を手に取れる環境を増やすなど
もっともっと大きな取り組みが必要な気がします

帰りにチョット寄り道
今月に入ってから駅前の商業施設が再開したのですが、
私たちの大好きなソフトクリームを扱うお店はずっとお休みでした。
今日立ち寄ったら再開していました

P1000548_20110410152524.jpg
美味しいコーヒーの上に美味しい牛乳ソフトが乗ったコーヒーフロート
久しぶりの味は前と変わらず美味しかったです

余震・・・

余震、余震というけれど。
本震と大して変わらないんですけど・・・

7日の夜に襲った大きな地震。
久しぶりに聞いた緊急地震速報と同時に揺れ出し、だんだんと強くなる揺れ。
ゆっくりと長い地震は3/11の時と同じような揺れで
あの時の恐怖が蘇り、さらにゆれが強くなるのでは?という恐怖で
本当に怖かったです。
さらに、本震の時は同じ方向への横揺れだったのに比べて、
今回は円を描くように揺れる方向が変わる横揺れ。
以前の地震でダメージを受けている本堂や客殿を思うと堪らなかったです。
ついつい、夫と一緒の潜ったテーブルの下で
「もう、いやだ~」
と泣き言まで言ってしまいました。

仙台市内ではせっかく復旧した電気やガスがまた止まってしまったとのこと。
地震の直後に見えた明るいフラッシュのような閃光は衝撃的でした。
こちらもまた水が止まったのではないか、と
まっさきに水道を確認してしまいました。
さらに止まっても少しは持つようにと、洗い桶にまで汲み置きしてしまいました。

大きな地震の後40日前後は大きな余震がくる可能性が非常に高い、ということは
震災当日も気象庁の方が言っているのを聞いてはいましたが・・・
本震のあと10日後くらいの朝にも大きな余震がありましたが、
やっぱり、明るい時の地震より
夜になってからの地震は何倍も怖いです。
幸いにも、我が家は新たな被害が出ずに済みましたが、
さらに瓦が落ちてしまった家や、壁が落ちてしまった家も見かけました。
少しずつでも前に進みかけていた矢先のこんな大きな地震。
いつまでこんな思いをしなければならないのか、と思うと
せっかく上向きだった気持ちが暗い気持ちに引き戻されます。

大きな地震があるたびに原発のことも気にかかり、
また大きく壊れて今度は半径50km避難、とか言わないよね、なんて心配したり。
今回は各地の原発も大きくは無いにしても被害が出ているというし。
東北の『原発銀座』を見るたびにため息が出ます。
しかも、こんなに地震に弱い建物だなんて知らなかった。
東北地方って、意外と大きな地震が多い地域なんだけどなあ。

地面が揺れる。
自分ではどうしようもない、ということを思い知らされて本当にイヤです。

微力ながら・・・

暖かな春の日となりました。
ずっと普通だったJR常磐線も少しずつ工事が始まりました。
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早ければ11日に東京まで再開するとのこと。
すっかり錆だらけになってしまったレールも、
工事車両が通ったことで少しだけ輝きを取り戻しました。
それでも仙台方面は復旧の見通しすら立っていません。
避難地域もあるし、線路も駅も津波に流され、何も無くなってしまった所も多いからです。
少しずつ仙台方面へと延びていた常磐道も四倉までしか通れないし。
すべてがあの日のまま止まった地域を思いやると心が痛みます。

地震の被害も津波の被害も確かに大きかった。
壊れてしまった魚市場を前に6月再開を目標に復興に立ち上がった、という
明るいニュースもありましたね。
みんな生き生きと頑張っています。
でも、地震だけ、津波だけならまだいい、という思いが福島県民にはあります。
海からも遠かった、地震の被害も少なかった、なのに。
原発の事故が全ての動きを止めています。
片付けをしたいのに行ってはいけない。
復旧作業をしたいのに入ってはいけない。
お魚に放射線の影響があるかもしれないので漁にも出られない。
どうやって復興して行ったらいいのでしょう。
目標を定めてそれに向かって進む人たちを見ると
何となく羨ましくなってしまうのが正直な気持ちです。
小名浜にあがるお魚は本当に美味しくて、
小さい頃はあんまりわからなかったけれど、
大人になった今ならわかります。
生臭いのがニガテな人でも、小名浜のお魚なら美味しく食べられるよ、と
自信を持って勧められるくらい、本当に美味しいです。
高級魚として東京の有名なおすし屋さんも贔屓にしてくれていたのに。
それなのに、捕っても売れないなんて・・・
対応があいまいなだけに、多くの地域が被害をこうむっているような気がして・・・
本当に悔しいです。
そのうち、いわきにも住めなくなる日が繰るかも、なんて考えたりもします。
東京の人たちの電気のためにこんな・・・などと
ついつい恨み節をうなってみたりして

恨みがましく思っていても仕方ないので、
今日は少しだけイベントに参加させていただきました。
東京から炊き出しに来てくださる方がいて、
宗の地区青年会もお手伝いします。
場所は避難所となっている小学校。
準備会場となった青年会会長さんのお寺へ集合して下ごしらえ。
私は仕事があるので途中から参加です。
行ってみたら大量のじゃがいもの皮むきの真っ最中。
いろいろな方と一緒に皮をむきながらおしゃべり。
そのうち女性陣が集まる台所で大量の鶏肉と人参を細かく切る作業へ移動。
そのお寺の檀家さんも手伝ってくれておしゃべりしながら、です。
ベテラン主婦の皆さんだけに、おかげで、大量の鶏肉も人参もあっという間に切り刻まれました。
女の人ってスゴイ。
今日の夕食と明日の昼食を準備するとのこと。
わざわざ東京から。ありがたいことです。
美味しくできたのかな?

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いわきの桜ももう少し。

遅くなりました

すっかり遅くなってしまいましたが・・・

震災直後はたくさんのコメントをありがとうございました!
ネット環境が整わず、お返事が出来なかったこと、申し訳ありません。
みなさんの温かい言葉にどれだけ励まされたことか。
ブログをやっていて良かった、と、こんなに感謝したことはありません。
お一人お一人にお返事が出来なくて大変心苦しいのですが、
ひとこと、御礼申し上げます。

誕生日でした!


昨日誕生日を迎えました
こんな混乱の中の誕生日は初めてです
こんな時なのに夫が誕生日ケーキを注文していてくれました。
生クリームのデコレーションケーキ。
嬉しかった。
こんな時だからこそ、今までと同じ生活を。

世の中、自粛ムードが漂い、何だか暗い雰囲気ですね。
節電で不要な照明を消すことは正しいことですが、
(日本は明るすぎると常々思っていました)
お祭りやイベントを中止するのはちょっとおかしい気がします。
被災者に悪い、という感情かららしいですが、
被災者のことを思えばこそ、
中止したりしないで開催して欲しい。
そして、それを見た人が
来年は自分達もお祭りやイベントを開催出来るように頑張ろうという気持ちにさせて欲しい。
特にお花見のイベントは中止しないで欲しい。
桜の花は頑張れって応援してくれるようにこの時期に咲きます。
その花に集う人々の笑顔を届けて欲しいし、
自粛したことで商売がうまくいかなくなる人が出ないで欲しいと思います。
弘前では例年どおり『さくらまつり』を開催するとのこと。
ぜひ、お祭りを開催する地にいらしてください。
前向きに明るく頑張る人たちを見てください。

少しでも日本の国が元気になれるように。

それでも春は来る

昨日のことですが、
先日の震災で津波の被害を受けた豊間(とよま)地区という場所があるのですが、
そこにあるあるお寺さんへお見舞いに行ってきました。
メンバーはおとうさん、夫、私。
別に私は行く必要があったわけではナイですが、記録係として(笑)
こんな時に被災地にカメラを向けるのはどうしても気が引けますが、
それでも、この先、この出来事を伝えていくためには写真も必要です。

目を背けない。

このこともきっと、私たちが出来る大事なことの一つだとも思うのです。
道路も何とか通れるようになったということで、3人でお邪魔しました。

向かったお寺さんはお寺の建物事態は少し高い所にあったので
津波の直接の被害は無かったそうですが、
地震で本堂の壁にひびが入ったり、山門やお墓が倒れてしまったりの被害がありました。
また、目の前はそのお寺さんの田んぼになっているのですが、
その田んぼまで津波は押し寄せ、
田んぼの真ん中にどこかのおうちの屋根や家財道具、車が残されていました。
それらの瓦礫の一部を見ていると、本当にさまざまなものが・・・
本やノート、布団や食品、その他あらゆるもの。
津波は一瞬であらゆる物を奪っていく、思い知らされました。
幸いにも襲った津波はシッポだったとかで、その先の田んぼで止まっていました。
田んぼのふちにみんなで立って話をしました。
住職さんも奥様もお元気そうでよかった。
水が出なくて難儀しているようでしたが、一応は何とかなっているとのこと。
水のありがたさについてもみんなで再認識。

そのあとは津波の被害がひどかった地区を通って帰りました。
本当にひどかった。言葉には出来ない。
小さい頃から何度も通った道。
夫とドライブしたこともある景色。
何度か買い物をしたことがあるコンビニ。
その全ては全く違ったものになっていました。
だんだんと3人とも無言に。
向こうには少し波は荒かったけれど、いつもどおりの海。
見上げれば青い空、白い雲がぷかりぷかり。
それなのに、その手前に目をやれば一階部分を大きく削り取られた家。
目の前にはテレビで見たような景色がありました。

それでも、一生懸命瓦礫を片付けている人たち。
瓦が落ちた屋根にブルーシートをかけている人。
どこからか買い物をしてきた袋を両手に歩いている人たち。
少しでも前のようになれるように頑張っている。
足元には黄色いたんぽぽ。
これからのことは心配や不安でいっぱいで、苦しくなることも多いけれど、
頑張って頭を上げて前を向いて歩いていこう。
今の状態がいつまでも続くわけじゃない。
「無常」
つねならん。
今は移ろい、過去に変わっていく。
23年のたんぽぽ

はるばる・・・

他県のナンバープレートを付けた車を多く見かけます。
その多くは給水車です。
県内の会津若松の給水車、お隣の茨城県の坂東市の給水車。
坂東市の給水車はとても大きなものから小型のものまでたくさん見かけました。
市内の7割は水道が復旧したということですが、
まだまだ給水車のお世話になっている方々がたくさんいます。
遠くからいわき市のためにありがたいことです。

それから自衛隊の救援車。
出雲駐屯地というプレートが貼ってある車を見かけました。
競輪場に救援物資が集められ、そこから各避難所へ自衛隊が物資を運搬しているとのことでした。
こちらもまた、ありがたいことです。

すれ違うたびに頭を下げてしまう私です。

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