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みきこ

Author:みきこ
福島県いわき市在住
1977年4月3日生 
おひつじ座
♀ A型 

普通の家庭で育ち、お寺に嫁ぐ。

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延々6.5時間!

先週の土曜日。
バレエ教室の仲の良いお友達3人で集まりました。
今回のメンバーはMさんとOさんと私の3人。
Mさんは何度か一緒に食事をしたことがあったけれど、
Oさんが入るのは今回が始めて
場所は以前から気になっていたイタリアンのお店。
集合時間は18時30分。
座り心地の良いソファ席に案内されておしゃべり開始です。

震災の時のこと。
断水中のこと。
給水で並んで、買い物で並んだ時のこと。
水が出たときのこと。
避難していた時のこと(私は避難していなかったですが)。
そして一番の話題はバレエのこと。
再開してからの苦労話。
ニガテな動きの相談。
これからのいろいろな不安・・・

話は尽きず、食べるのもそっちのけで盛り上がりました。
夢中で話していると、近寄ってくるお店の人。

「当店は1時で閉店します」

・・・

・・・

「1時!?」

びっくりして時計を見ると、確かに午前1時少し前。
なんと、私たちは延々と6時間30分も喋り続けたのでした
どうりでほっぺが痛いわけだ。
てっきり10時くらいだと思っていた私たち。
大慌てで店を後にしました。

そんなに時間が経っていたなんて・・・
楽しい時間はやっぱりあっという間でした。
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慰霊の日に

6月23日は沖縄戦終結の日、そして慰霊の日です。
以前より沖縄戦に興味はあったので、
毎年、この日はいろいろなことを考えたり、
以前読んだ関連書物や記録映画のことを思い出したりしますが、
今年は何となくちょっと違う思いとともに。

突然今までの幸せな生活を奪われてしまったということ。
震災後の東北地方に重なるような気がするのです。
自分の住む家を追われ、ふるさとの地を追われ、突然命を奪われ・・・
洞窟に住むほど生活は悲惨ではナイですが、
避難所で生活するということは、きっと、精神的に追い詰められていくことでしょう。
誰かに銃で撃たれたりするわけではないけれど、
それでも、愛する人たちと突然引き離された悲しみはきっと同じでしょう。
感慨深く今日を大切に時間を過ごせただろうか。

こんなお話が。
自殺しようと、お友達と手榴弾を手にした女性のお話。
最後の歌を歌おう、と、歌った歌は唱歌の『ふるさと』
この歌を歌った瞬間、このまま死ぬのは悲しい、と思ったのだとか。

私は震災のすぐあとは音楽を聴く気になんてとてもならなかったけれど、
1ヶ月くらいしてから徐々に聴けるようになってきました。
そのときからずっと聴いているのが“BUMP OF CHICKEN”
ずっと前から好きだったけれど、より聴く頻度が高くなりました。
歌詞はもちろんのことですが、
歌う藤原氏の独特の声が沁みます。
特に繰り返し聴いてしまうのが、新しいアルバムに入っている「angel fall」
励まされるとか、そういうのじゃないのだけれど。
聴いていると、登場する鳥の気持ちにもなり、何となくじんと来ます。

劣等生

今月始めから再開したバレエ。
継続して続けているときもそうだったけれど、
中断してしまったら、もとの木阿弥。
ゼロよりもマイナスに逆戻り。
まず、連続して振りが覚えられない。
覚えられないので躓くと音楽に置いて行かれる。
音楽に気を取られると体の動きがおろそかになる。
悪循環のループにはまり込んで抜けられずにいます。

落ち着いてやればいいのでしょうけれど、アガリ性なワタクシ。
焦りまくって踊っているので、おたおたわたわた。
まさに醜いあひるの子。
しかも、成長してもあひるにしかなれない正真正銘のあひる。
しかも、再開してからの教室は生徒さんが激減。
震災前は1レッスンに20人くらいがいたのに、現在は4~6人程度。
なので、悪目立ちしている私です。
その分、先生の指導を濃~く受けることが出来ていますが・・・
今のうちに変なクセを直してしまおうと思っているのですが、
歴史の長いバレエ。
一朝一夕にはどうにもならないことばかりです。

先生も呆れているだろうな・・・
こんなに出来なかったのか!なんて驚いていたりして・・・
夏が終わる頃には少し優雅に体が動かせるようになっているかしら・・・

100日を迎えて

去る6月18日、土曜日。
震災でなくなった方々の百箇日を迎えました。
未だに行方不明の方々も信じられないくらいたくさんいらして、
本当に大きな災害だったのだと、今さらながらに思います。

100日目のお昼過ぎ。
再会したバレエ教室でレッスンの最中のこと。
先生がお手本を踊ってくださっている時に震度4の地震が。
みんなで息を呑み、その後の動きに備えました。
長く続くこともなく、それ以上大きく揺れることもなく、
何事も無く済んだのですが、
その後はチョット怖くて教室の扉を開けたまま、レッスンを受けました。
今、教室として借りている場所は
土日お休みの会社さんばかりなので、迷惑にならないだろう、ということで。

その後、夜も揺れました。
1ヶ月目にも巨大余震があったし、100日目にも揺れたし。
忘れるなよ、と地球から脅かされているような。

時にはむなしく…


コンビニで見つけたキットカット。
チャリティー付き。
宮城名物『ずんだ味』
鼻に抜ける香りがほんのりずんだ。
宮城県出身の社員さんと半分こしました。

本日より客殿の屋根を補修するための足場工事が始まりました。
今日は足場にする資材搬入だったようで
前庭にはものすごい量の鉄パイプが積まれています
そしてそんな状態の庭なのにも関わらず、
ムリクリにでも車を駐車させる近所に住む夫の従姉・・・
そういうデリカシーの足りない所がニガテなんじゃ
・・・と思いつつ、見て見ぬ振りしかできない気の弱いワタクシ。

でこぼこだらけの道路の補修も始まったし、
そんなラリーみたいな道路をハイスピードで走りまくる車の量も凄いし、
歩く人はマスクもせずに肌の露出度高めだし、
何となく震災は遠い日になりつつあるいわき。
でも、目には見えずとも放射性物質は飛んでいるわけだし、
これからもあの瀕死の原発に何も起こらないとは限らないし。
台風が襲ってきたり、巨大余震が起こったりしたらまた避難騒ぎになるかも?
それに、季節が変われば風向きも変わって、
原発方面から吹いてくる風向きになります。
あの工程表どおりに原発の収束作業が進むとは誰も思ってない。。
どうしたらいいのかわからないまま、日を過ごしているというのが正直な所。

私が住む福島県のこと。
何も無くて山ばっかりだし、ホント、イナカだな~って思っていた。
でも、本当はそれが一番大切なものだったのですね。
季節ごとに変化する山の緑。
丘陵地には草を食む牛の群れが見えたり。
いつもそばにある海は冷たくて海水浴にはイマイチだけど、お魚は美味しいし。

そのうち住めなくなる地域がひとつ増えふたつ増えして、
このふるさとから人がいなくなったらどうしよう。
沿岸部に至ってはその可能性が高いだろうし。
今の時期に片付けが出来ていなければ、
このあと生活を再建しようってことはやっぱり難しくなる。
地震が起きてしまったのは何を言っても仕方がないこと。
相手は天災だし。
あとになってからわかる事実や、いろいろなごたごたを聞くたびに思う。
本当に地震だけだったら良かったのに。

3ヶ月目

先週末に引いた風邪は見事に気管支炎となり、
夜中にも何度も席の発作に襲われたり、声が嗄れてしまったり、
挙句には先週復活したバレエのレッスンまでお休みしてしまったりと、
本当に散々でしたが、
早めに病院に行ったおかげか、どうやら、何とかなってきました。
夏風邪には気を付けないといけないです。

さて、今日であの震災より3ヶ月が経ちました。
地震が起きた時刻に、夫が

「お線香、上げてこようか」

と私を誘ってくれました。
向かった先は、仮本堂として使っている客殿。
何も乗っていない台の前にお線香をあげました。
ご法事の際には、破損してしまったご本尊様の代わりとなる仏像を
その台の上に乗せて拝んでいるそうです。
変わり果てた姿に、未だに言葉が出ません。

たくさんの人が亡くなりました。
たくさんの町が失われてしまいました。
元のように戻るためにはどのくらいの年月が必要となるのだろうか。

汚れてしまった海や土がきれいになって
小名浜で獲れた美味しいお魚が食べられる日が来るのだろうか。
福島県の美味しいお米を安心して食べられる日が来るのだろうか。

3ヶ月。
元に戻りつつある部分もあるけれど、
何も変わらない部分も依然として多くて。


不謹慎なこと

ここ2、3日の政治のごたごた。
本当にテレビも見たくないし、新聞も読みたくないし、
ついついテレビに向かって野次を飛ばしてしまったりと、本当に情けない。
情けないと思うこの気持ちを奴らに伝えられないことも情けない。
こんな時は与党も野党もなく、一致団結してやればいいのに、と思うのですが。
震災当時の対応云々を責めてみても、何も変わらない。

だって、過ぎてしまったことだから。

はっきり言って、被災地に住まうものからしてみれば、
過去のことは過去のことであって、それ以外の何物でもない。
私たち、特に福島県民にとっては、
これからどうなるのか、これからどうすればいいのか、が知りたいのです。
このまま今までどおりの生活を続けてよいものなのか。
避難されている方々が愛する我が家に帰れる日はいつ頃やってくるのか。
農産物、水産物は本当に食べても大丈夫なのか。
窓を開けてもいいのか。
洗濯物は外に干してもいいのか。
子供たちが外でのびのびと体を動かせる日はやってくるのか。
何もかも、答えをいただいておりません。
くだらないことに貴重な時間を費やすヒマがあったら
もう少し現実にも目を向けて欲しい。

最近、とても意地悪な考えが私の心を支配する時があります。
歴史的な大災害に襲われた地域が東北地方だったから対応が遅いのではないか?
もし、これが東京湾や横浜、あるいは中京を襲ったのだったら
もしかしたら対応が違っていたのではないか?ということ。
大事な大事な東京よりも、比較的距離があり、
イナカモンがたくさんいる東北地方だから、あんまり対応に熱が入らないのでは?
最近の政争の醜さを見るにつけ、
その思いが強くなったりもするのです。。

困ったもんだ

体調があんまり復活しない月曜日の朝。
痛むノドを庇いつつ、咳き込みながら
仕事を休むか・・・
休むとなれば電話で連絡か・・・
電話、ニガテなんだよな・・・
などと、私がくだらないことに小さな胸を痛めていると、
母屋から夫を呼び出す内線がかかってきました。
呼ばれた夫君、普段はすぐに戻ってくるのに、今日はなかなか戻りません。
何だろう、と思いつつ、仕事を休んで病院に行くことを決めた私が
出かける準備をしているうちに戻ってきました。
あぁ、いつものように仏頂面・・・
聞きたくないけど、聞かないわけにもいかない。

「どうしたの?」

夫が言うには、母屋に呼ばれたのは檀家の総代さんの一人がみえたため。
総代さんは、
本堂の建替え(もしくは改修)及び、客殿の屋根補修にかかる費用について
もの言いにやってきたのでした。

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体中がきしむ

4、5日前あたりから何だかむせるような咳が出るなあと思っていたら。
昨日になってつばを飲み込むのすら痛いほどノドが腫れてしまいました。
おまけに熱まで・・・
体中が痛いのは久しぶりにバレエに行った筋肉痛だと思っていたのに、
どうやら、発熱による関節痛だったようです。
咳のし過ぎでのどと腹筋も痛いし、もうぼろぼろ。
普段、体温が低いだけにチョットでも熱が出ると、
他の人にしてみれば微熱程度だとしても、大変つらいです。
疲れが出始めたのかな~。
余震も相変わらずだし、精神的な疲労もたまっているしな~。

今日の夫は高校の同級生とボランティア活動に行っています
日、月とわざわざ東京から来てくれて活動してくれるそうです。
夜になったら打ち上げに行けるといいね、なんて話していたのに、
今日は無理そう~。
これからおとなしく寝ます。

再始動

6月2日より、バレエ教室再開です
先生より連絡があった新しい教室の場所は、本当にここでいいの?と
迷ってしまうほどちんまりとした雑居ビルの4階。
かなりどきどきしながら狭い階段を4階まで上っていくと、
かすかに漏れる明かりと、先生の話し声が。
開け放ってあったドアからそっと中を覗くと、
10畳ほどのフロアにリノリウムを敷いてバーを置いただけの教室の姿と
そこに座ってストレッチをしながら笑顔でお話している先生が!

先生と先に来ていた仲間と久しぶりの再会。
凄く嬉しくて泣きたくなりました。
先生もとても嬉しそうで、こんなにリラックスした先生を見るのは初めてかも。
レッスンが始まるまでぽつぽつとやってきた他の生徒さんたちと
再会を喜んだり、あの日のことをいろいろお話したり、
大きく傾き、もう売却してしまったという、以前の教室のお話を聞いたり。
太ったよ、と言ってはみんなで見せ合ったり。
実際、私も先生に「ずいぶん違っちゃいましたね~」とガッカリ宣言されました
今回のことに懲りて、次の教室はテナントにします!といった先生の宣言に大笑いしたり。
現在の場所はあくまでも仮住まい。
もっと生徒さん達が増えたら、ちゃんとした場所に引っ越します、と
先生の決意も新たに
成人クラス夜の部は4人からの再始動です。

体はすっかり硬くなって、バレエに使う筋肉はことごとく衰えていました。
それでも、先生が楽しそうに教えてくださって、
私たち生徒もとても楽しい時間でした。
これからのことも、仕事のことも、家のことも全部忘れて
バレエのことだけに体の全てを使う時間。
先生もレッスンが終わった後にしみじみと

「やっぱりバレエは気持ちイイですね~」

とおっしゃっていました。
レッスンの後、少しだけ先生とお話しする時間があったのですが、
こんなに早くに教室を再開していただけるとは思っていませんでした、と伝えると
来てくれる人なんていないんじゃないかと思っていたけれど、
こうして4人も来てくださって嬉しい。
この気持ちに応える為に一生懸命教えていきますから、よろしくお願いします。
とのことでした。
二人ともチョット瞳がうるうる
以前の先生はチョット近寄りがたくて怖い、というイメージの方が強かったけれど、
今回のことでぐっと距離が縮まった気がします。
実際の先生自身ははとても楽しい方なのは知っているのですが、
レッスンでは厳しい先生なので・・・

思うように動いてくれない自分の体を持て余しつつ、
少しでも早く以前のように動けるようになりたいと思います。
・・・といいつつも、以前も大したレベルじゃないけれど。
せめて、レッスンの後に激しい筋肉痛にならないくらいになれますように。

ようやく

3/11の震災で大規模半壊となり、
先日には、はつり屋さんに吹き抜けになっている部分を壊してもらった当寺の本堂。
ようやく設計士さんの耐震構造等の計算が終わったとの連絡が来ました。
現在の柱や梁を利用して耐震工事をして再建築する方法と、
今ある部分を壊してしまってすっかり立て替える方法と、
二通りの試算が出ました。
私は実際にその試算は見ていないのですが、
お寺のおとうさんによれば、

どちらにしても大した違いはない

とのことでした。
間に合わせでいいのならば、現在あるものを利用して再建築する方法だそうですが、
これから先もずっと使うというのならば、立て替えの方がお勧めといわれたとかで。
ま、それはそうなんですが。
総代さん的には『出来るだけ安く』ということになっているらしいのですが、
大して変わりがないというのならば、立て替えをお願いするつもりです。
なんせ、昭和40年代の建物。
鉄筋コンクリートならぬ、鉄筋ブロック建築だったのですから。
安全性なんてどこにもない。
崩壊した吹き抜け部分も鉄筋コンクリート造りだったならば
あんなに崩れたりはしなかったと思うのですが。

本格木造建築にしてしまうと、立てる為の予算も時間も膨大になりますが、
鉄筋コンクリート建築ならばそんな時間もかからずに出来るとか。
とりあえずは先が見えてきたようで良かった。

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