プロフィール

みきこ

Author:みきこ
福島県いわき市在住
1977年4月3日生 
おひつじ座
♀ A型 

普通の家庭で育ち、お寺に嫁ぐ。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

カレンダー

11 | 2014/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

リンク

FC2カウンター

大人たばこ

JavaScriptを有効にしてください。

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大晦日

今年もあと数時間。
このブログもあんまり更新できなかったなあ、と思いつつ、本日二度目の更新。今年最後なのでお許しください。大晦日の今日は更新しないと何となくけじめがつかない気がして。

今年は何だか心揺れ動く日々が続きました。
春頃からの実家の父の体調不良から、急激な悪化による入院。
発表会にかかるごたごたなどなど。

来年は少し肩の荷が下りてほっとする時間が訪れる日が来るのでしょうか。
そうなることを信じて。

今年もお付き合いくださった方々、ありがとうございました。
のんびりゆっくりの更新とはなりますが、来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。
スポンサーサイト

締め括りの同窓会

大晦日イブの30日、有志による中学校の同窓会が開かれました。
中学校を卒業して22年。
同窓会というもので集まったことは一度もなく、初の試み。
私に至っては、もともとの人付き合いの悪さや引っ込み思案な性格から、中学時代の同級生たちと連絡を取ることは一度もなく今まで過ごしてきました。12月のある日、突然にかろうじてつながりのある同級生から連絡をもらったものの、いったんは断ったのですが、強い誘いに負け、不安ながらも参加することに。
高校生時代に何度か通学で顔を合わせたきり、同級生たちとはすっかり疎遠の私。気付いてもらえなかったらどうしよう、などととても不安な気持ちに。
当日も出かける準備をしながらも、緊張と不安のあまり、お腹が痛くなってきてしまい、何度もトイレに行く始末。夫君には呆れられるし、行くなんて言わなきゃよかったと思いつつも出かけました。
会場に入ると少し年を重ねたものの、変わらない同級生たちの顔がありました。しかも、すぐにみんな気付いてくれて。嬉しかったなー。
そして、年を重ねた分だけ、当時はあまり話さなかった人とも話をしたり。
戸籍に×が付いた人も、新たな出会いを得た人も、子育て真っ最中の人も一段落した人も、仕事帰りに駆け付けた人も、22年の間にはいろいろなことがありました。幼稚園やら小学校から一緒の同級生もいたりするので、彼らの顔に刻まれた年月を思うと、感慨深い気持ちになったりして。
別な飲み会で集まっていた同級生の何人かとは二次会で行ったお店で合流。なぜか、何度も握手してしまったり。
不安だったけれど、行って良かった。

年末年始はリハーサル

来月の12日まであと約二週間に迫ってきたバレエ教室の発表会。
クリスマスも年末年始もなく、ぎゅうぎゅうに練習やらリハーサルやらのスケジュールが組まれ、今日も明日もリハーサルです。
衣装もようやく届いたし。
今回もロマンティックチュチュという、ふんわりしたスカート丈も長め衣装です。多分、これが最後の発表会となるだろうと思うので、最後くらいはクラシックチュチュという、横に広がったスカートが付いているいわゆるバレエの衣装か、てろんとした素材のストンとしたワンピースタイプの衣装が良かったなー。
なんて、わがままを言っている場合ではなく、本当に大変です。ただ言われたままの振り付けを踊ればそれでいいというものではないし、気を付けなければならない点はたくさんあるし。手先指先、足先にまで神経を行き届かせ、前後左右の列をそろえるとかタイミングを合わせるとか、踊りながら一度にたくさんのことを処理しなくてはならないのでパンクしそうです。
衣装も着てるし、新しいトウシューズは馴染んでないから痛いし。泣き言ばっかり言いたくなる…
新しい先生のもとでの初めての発表会というのもありますね。先生によってやり方や進め方が違うので、それに慣れるのも大変です。
でも、出ると決めたからにはやれるだけのことをやらなくては。そのために家族も余暇も全てを犠牲にして練習やらリハーサルに出ているわけですし。
まずは少し体を軽くしなくては。予定ではもうすでに目標達成しているはずなんだが…現実は甘くなかった…
これから美味しい誘惑のお正月が待っているというのに…
26日から実家に帰省している私。ただでさえ、母の美味しい手料理の誘惑に勝てないでいるのに。
明日もリハーサルがあります。かんばります。

眼科にて

コンタクトレンズ使用者の私。
使用年数も20年を超えると、ネットや駅●コンタクトなどで安価に購入する方法もありますが、そういうところで購入し、合わなくて眼科を受診したり、トラブルになってしまった方を見かける機会も少なくありません。
定価で買っていてばかみたい、と言われることも多々ありますが、私は安心料と保険料だと思って眼科で購入することにしています。
ただ、眼科で購入するのには時間の余裕と多大な忍耐力が必要で・・・
いわきの眼科、混み過ぎ。
しかも、朝行こうが、昼行こうが、夕方行こうが、その大半が高齢者。
若い人は長期休暇の学生か、仕事帰りの人くらいしかいない。
2時間待って3分診療という、学生時代から続く眼科での時間を過ごしながら、これ全部が医療費1割負担かあ、と愕然とし、田舎の眼科ですらこうなのだから、全国的なことを考えるとあまりにも途方もなくて呆然としますね。
この国の抱える医療費赤字が減らないわけがわかるわ。
長生きするって、こんなにも病院に罹りながら薬を飲みながら達成するものなのか?我が家でも実家の父が入院生活を余儀なくされていますが、その姿を見るたびにとても考えさせられます。
寝たきりだろうが、意識不明だろうが長生きは長生きですからね。みんなが願うのは健康で自分の身の回りのことは自分でできる生活が送れることでしょう。その理想とあまりにも現実がかけ離れていることを強く感じるようになりました。
某国では食品に含まれる食塩の含有量を、数年かけて徐々に減らしたことで、生活習慣病にかかる人が減り、その結果、医療費の削減に成功したのだとか。
そう考えると塩分て知らず知らずのうちに摂取しているので、目の付け所が、なるほど!という感じでした。
塩分の摂取量が多くなると高血圧にもなるし、そうなると心臓や脳疾患が増える。
そういう疾患は予後が長いから医療費がかさむ、という悪循環の始まりなのですよね。
そして、塩って、こんなのにも入ってるの?って言うぐらい、なんにでも入っている。
自炊する人ならば少し減らす、ということも出来るでしょうけれど、世の中、店屋物やお惣菜で生きている人も少なくないですからね。若い人は男性も女性もこういう方多いですし。

だけど、日本て、そういう話聞かないなあ。
国が一丸となって取り組むとか。
健康管理とか、病気予防とかって、何となく個人任せのような。
これからはますます惣菜や出来合いのものを買って食べるという生活を送る高齢者が増えることでしょう。
売っているものってどうしても味が濃い、その方がおいしく感じるし。
そして、人間は慣れてしまう生き物だからもっと味が濃いものが欲しくなる。
塩をたくさん食べてるっていう感覚が薄いのもあるし。
これからの日本人は長生きできないかも、ますます人口が減るかもなあ、なんて、意識は遠い未来まで飛んで行ってしまいました、あまりにも長く待つもので。

そんななので、待合室にあふれる高齢者の方々を暗澹たる気持ちで眺めながら帰ってきたのでした。

COPDについて

最近よく取り上げられるようになりました。
父もこの病気に健康を奪われました。
それは
慢性閉塞性肺疾患、通常COPD、呼ばれるものです。
有害ガスの取り扱い作業によるものが原因となるものもありますが、それは少数で、主な原因は「喫煙」です。長年の悪癖がこの重篤は病気になるわけですが、これはタバコを喫煙する本人だけではなく、受動喫煙を強いられる首位の人間をも巻き込む分、たちが悪いです。
喫煙者の配偶者、サービス業従事者、などなど・・・
病気の始まりは大したことがなくても、長い時間を抱えて肺をむしばみ、ついには自発呼吸がつらくなり、命に関わるような全身の健康悪化をも引き起こす・・・

父の様子を見ていると、本当に喫煙は害があるばかりで全く利がないな、と実感させられるばかり。
苦しい、苦しい、と言い続け、酸素チューブを入れても苦しいと言い、寝ても起きても苦しいという。
心疾患もあり、認知症も併発、食欲もないし、体力は落ちていく一方。
たとえ、自分が非喫煙者だったとしても、受動喫煙により、この病に罹患したとすれば死んでも死にきれない。
閉ざされた喫煙所で喫煙していただく分にはまだ良しとしても、解放された喫煙スペースには疑問を感じるし、いわきでは断然多い歩きたばこに関しては本当に憎悪しか感じません。
しかも、歩きたばこの位置は小さい子の顔の位置と同じだというし。
個人の嗜好物なので、あまり強いことも言えませんが、やはり、タバコは止めた方がいいことをお勧めします。

ご無沙汰です

すっかりご無沙汰してしまいました。
ブログを始めて以来、初のスポンサー広告が巻頭になってしまいました。

ここ一ヶ月の間、身辺の環境がめまぐるしく変わり、なんとなく、心と体が別の位置にあるような違和感と、常に肩のあたりに何かが乗っかっているような感覚と、楽しんだり笑ったりしていながらもどこかに暗い表情をした自分がいるような感じで過ごしています。
それはやはり、10月の下旬から入院生活を送る実家の父のこと。
当初の緊急的な措置を行ってくれる病院から、いわゆる長期入院ができる病院へと転院となりました。やはり自宅でのお世話は難しいとのお医者さんの判断によるものですが。

そして、なによりも、大好きな母のこと。
父はあっという間に絵に描いたような高齢者となり、寝たきりとは言わないまでも、自由に動き回れる状況ではなくなってしまいました。認知症も強くなり、少し前のことも覚えていない日もあります(いつもではないのですが)。
年齢の割に若々しかった以前の父とどうしても比べてしまい、見ているのがつらい日もあります。
そんな父のために午後の大半を病院で付き添う母。
家に帰る、と言い張り、母が夜中に病院から呼び出され、説得にあたる日もあり、母もあんまり丈夫ではないので、母のことも心配です。

「どうして、娘のお前が手助けしないんだ」
とおっしゃる方もおられるでしょう。
私と父はそれこそ、私が自分の将来を選択した中学受験の頃から大変折り合いが悪く、社会人になった頃には最悪の親子関係となり、それこそ、同じ屋根の下にいながら口も聞かないような日々を送ってきました。
そんな私が母の代わりに昼間や夜中に病院に行ったとて、
「お母さんを呼べ」
となるのは目に見えているのです。
なので、私は私でできることをしようと、出来る限り、病院帰りの母と一緒に夕食を食べたり、病院に顔を見せたりしていますが、本当にこれでいいのか、という思いがいつも頭をよぎります。
父も私がいると気づまりなのか、落ち着きをなくしたり、早く帰れと言ったりするので、そのあとの母の苦労を考えるとあまり長居したりもできないし。
(いつもと違うことが起こると、脳が混乱するのか、夜中に騒いだりしてしまうため)
なかなか難しいところでもあります。
そして、結構、外野からの(求めていない)意見を言われることもあり、心底落ち込む日もあります。
こう言ってはなんですが、家族の形とはその家族でそれぞれ。
口で言うのは易し、行うは難し、そのものです。
事情も、父の人となりもわからない人たちに世間一般の理想論を言われると、母も私も本当に落ち込みます。
これからどこへ到達するのが一番いいのか、私たち家族は迷いのさなかにいます。

| ホーム |


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。