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みきこ

Author:みきこ
福島県いわき市在住
1977年4月3日生 
おひつじ座
♀ A型 

普通の家庭で育ち、お寺に嫁ぐ。

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復興・・・?

先日、熊本の地震から一年を過ぎた日。
たまたま、夫君と市内をうろうろとしていました。用事もあったのだけれど、思いのほか早く済んでしまったので、気の向くまま車を走らせていると、いわき市内の津波被災地域に差し掛かりました。

そこはかつて、みっしりと家が立ち並び、海水浴に訪れた時など、くねくねとした細い道を家の軒先をかすめるように車がすれ違い、見えているのになかなか海に近付かなくて、子供の頃に
「海は逃げないよ!」
と笑われるほど、後部座席でそわそわしていたっけ。
津波の後は、そんな家々を波がさらい、すっかり更地になってしまっていた地域。

久しぶりに立ち寄ったそこは、様子が一変していました。

海側には高くそびえたつ堤防。
道路を挟んだ反対側は盛り土をした住宅造成予定地。
のどかな海岸風景は全く見えなくなっていました。
そびえたつ堤防は、ちょっと前に流行った巨人が出てくる映画のようでした。

これが復興というものなのか。
景色がすっかり変わり、コンクリートしか見えない風景になることが。
今は亡き父と夏休みに海水浴に来た時に車を止めた学校も、掘っ立て小屋みたいな海の家が経っていた砂浜も、いわきの荒海の波しぶきで遠がかすむ海もすっかりなくなってしまいました。

いわき市は『いわき七浜』といって、七つあるという海岸が有名で、景色が良いところだったのに。
こんな景色になってしまうことが復興というのか。

久しぶりに来た海は何だかとても悲しい思いにさせてしまう風景となっていました。

三回忌でした

早いもので、実家の父が亡くなって三回忌を迎えました。
本日は命日でした。
法事自体は先週の日曜日に済ませましたので、ひっそりとした命日となりました。
実家に夫君と行ってお花とお線香をあげてきました。
母はそのあと自治会の集まりがあるというので、早々に帰ってきましたが・・・
本当はお茶菓子を持参して、お茶でも飲みながら食い供養をしたかったのですが、それはまた、今度の機会に。

さて、先週、三回忌の法事を行ったわけですが、いつもはご法事を受ける側なので、何というか、よくわからない部分もあったのですが、今回、ご法事をお願いする側になってみて思ったことがあります。

まず、日程の確保。
お寺に連絡して希望の日時にご法事が出来るかどうか確認します。
自分の希望通りの時間に撮れればいいですが、先着順ですので、時間が自分の予定よりも早くなったり遅くなったりもします。
時間が決まったら、親戚への連絡。
今回、本当は母と私たち夫婦だけで行う予定でしたが、母の姉妹たちがぜひ行きたいと言ってくれたので、その方達への連絡。
また法事が終わった後の食事会の場所決め、予算に合わせた料理の予約。
今回はこれが大変でした。最初予定していたお店があったのですが、そこはある料理の専門店であったため、母の末妹がそれは嫌いで食べられない、とのクレームが入り、急きょ変更することに。母が軽いパニックになったため、なだめたり、他のお店を探したり、と何だか大事になってしまったので。
手土産の手配。
いくらぐらいの、何にするか、などなど。

檀家さんの皆さまはこんな大変なことをきちんきちんと忘れずにしてくださって、本当にありがたいです。
内々の家族だけのご法事がほとんどですが、中には親戚中で執り行ってくださる方もいらっしゃるので、しかも、住職を食事にご招待してくださる檀家さんもまだまだいらっしゃいます。
本当にありがたいことです。

そして、時々はよそのお寺さんにご法事にうかがうことも勉強になりますね。
毎回、思うことですが、うちのお寺のおとうさんのご法事は丁寧で時間をかけているということです。
自画自賛のようでなんですが、素晴らしいことだと思います。
おかあさんは、
「和尚さんの御経は素晴らしいって時々言ってもらうんだけど、そう言ってくださる檀家さんもいるんだkら、法事の後におとうさんに
「今読んだお経はこういうお経で、こんな意味があるんですよ」
って説明してもらうといいんだけど・・・」
と言います。
実は私も同感です。
お説教が苦手ならそれはそれでいいのだけど、なんじゃもんじゃを聞いて終わり、ではちょっと残念なような気がします。
夫君にはよく言っておこうと思っていますが。

前回の続き

前回はナレーションと朗読の声の素晴らしさに特化してしまいました。

人生において生まれながらにハンディを持つ者と、中途からハンディを持つようになった者。
東田氏とディレクター氏の間にはその違いがり、後者であるディレクターはハンディがありながら作家として活動する東田さんについて興味があり、そこをどう思うかを深く聞くあまり、彼に不快に思われてしまいます。
そこに、健常者がハンディのあるものをどう見ているかが現れているように感じました。
それは、彼だけではなく、私達にも言えることで、どうしても、才能よりもどのような反弟子を持つものなのか、ということに目が奪われてしまいますね。
例えば、盲目の〇〇、半身まひの〇〇、車いすの〇〇、・・・というように。
ハンディ以外の才能よりも、どうしても献上ではない部分に先に目が行き、そのあとは
「目が見えないのに、すごい」とか、
「半身まひなのに、すばらしい」など。
それはどうしても仕方のないことなのだけれど、東田氏の側から見ると、自閉症で作家の自分、ではなくて、作家としての自分を見て欲しいのだと言います。
なので、ディレクター氏の質問の意味が分からない、と。
自分の重度の自閉症児の父である文学者も彼に尋ねます。
「私の息子には友達ができにくいようだ。どうしたらいいのだろうか?」
東田氏は答えます。
「私にも友達がいません。私は不幸に見えますか?」
息子が自閉症である、ということを受け入れつつも、やはり、心のどこかでは、自分の子供には普通であって欲しい、という親心が現れた部分だと思いました。
この心の隔たりを埋めるのはなかなか簡単なことではないでしょうね、東田氏の著書を翻訳した彼ですら、そう思っているのですから。
それでも、私は思うのです。
やはり、東田氏のような方が発信し続けるのは大切なことだと。
例えば、自閉症の方が突然言葉を発したりするのは、記憶が点状に存在していて、その時思い浮かんだことを口にしてしまうからだ、とか、点から点へと記憶が飛ぶので、筋道立て太話は出来ないのだ、と説明していただけると、とてもよくわかります。
確かに、自分の記憶は言われてみれば、帯状に規則正しく並んでいるイメージだな、とか。
そうやってお互いに理解していけば、完全に分かり合うことは出来なくても、理解しあうことはできるようになるのではないか、と。

この番組を見て、なんというか、彼の心の純粋さに触れ、触れ過ぎて、序盤から涙が止まりませんでした。
とてもいい番組でした。
ぜひ、家族がそろってみることが出来る時間に再放送して欲しいと思っています。

自閉症の君との日々

ご無沙汰しております。
ゆっくりPCを開くことも出来ない慌ただしい日々を送っております。
それに、ついつい手元のスマートフォンで事足りてしまう、この世の中。

さて、先日、とても楽しみにしていた番組が放送になりました。
なぜか、こういういい番組の放送は真夜中と決まっているので、録画で見ましたが。
NHKで以前放送されたふたつの番組の総集編で、新たにナレーションを録り直しての新装版。
主人公は自閉症でありながら、作家でもある東田直樹さん。他人とコミュニケーションを取ることが難しいと言われている自閉症でありながら、お母さんお手製の文字盤を介すると他人と会話することができ、PCを用いれば文章を書くことができます。
世界的なベストセラー「自閉症の僕が跳びはねる理由」の著者でもあります。
第一作目はこの著書を英訳し、自らの息子も重度の自閉症であるという北欧の文学者との交流を描き、第二作目はその続編で、彼との途切れない交流のその後と、この番組を担当したディレクターががんになり、その後、がんサバイバーとなり、一種のハンディを負ったことから、世の中に対してハンディを負っている直樹さんの思いを訪ねる、という内容。

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